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『晩鐘』

2012年8月16日 (木)

『晩鐘』後半 感想

 え~、遅れに遅れていた『晩鐘』後編の感想です。

 ほっとくといつまでも書かないので、「終戦」記念日にUPを目指して書いてみました。・・・・・・ちょっと遅刻したけど。

 

 これまでの記事は以下を参照ください・・・・・・何年越しだよ、この記事。とりあえず宿題が一つ片付いてほっと一息。

『晩鐘』総合案内

『晩鐘』前半

『晩鐘』中篇

『晩鐘』後半 あらすじ

 以下、完全ネタばれです。

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2012年4月24日 (火)

『晩鐘』後編 あらすじ

Cap1016

 映画『晩鐘』、実に一年半ぶりの更新です。この映画は感想をちゃんと書きたい、または「あらすじ」と「感想」の間に時間を置かず一気に書き上げたかったのですが、いくらなんでも中篇を書いてから時間が経ちすぎているので、あらすじだけでも先に書いておきます。感想はいつ書けるかわかりません・・・・・・。

 前半と中篇のあらすじ&感想は以下。たぶんこれを先に見ないと何がなんだかわからないでしょう・・・・・・。

http://red-theatre.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-736f.html(『晩鐘』前半 あらすじ&感想)

http://red-theatre.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-10fc.html(『晩鐘』中篇 あらすじ&感想)




※以下には、映画『晩鐘』のラストまでのネタばらしがあります。

続きを読む "『晩鐘』後編 あらすじ" »

2010年8月28日 (土)

『晩鐘』中篇

あらすじ

 隠し弾薬庫は、谷間の洞窟の中にあった。捕虜の日本兵は、すでに日本は降伏した,出てきてみんなで日本へ帰ろう、必死に中の隊長に呼びかけるが、かえって入り口をバリケードでふさがれてしまう。八路軍の5人も相手が武装しているためうかつに近づけない。

Cap952

「中隊長!戦争は終わりました!一緒に日本に帰りましょう!!」と叫ぶ捕虜の日本兵

 捕虜の日本兵は声が枯れるまで呼びかけ続け、ついに洞窟の日本軍部隊も降伏に同意する。飢えた彼らに与える食料を用意する八路軍の5人。ためらいながらも、自分たちは決して口にできない卵も入れてやる。

 しかし、洞窟から出てきた日本兵は31人であった。上官の一人に連れられて出てきた兵士たちは八路軍の食料を貪り食う。だが、肉を渡した時、突然上官は吐き出してしまう。

Cap955

八路軍が与えた食料をむさぼり食う日本兵たち

 その時、洞窟の中から一人のボロボロの服をまとった中国人の女が飛び出してくる。5人は女を助けるが、日本兵たちは洞窟に戻ってしまう。隊員の一人は洞窟の中には「32人」しかいないと言って、中国人を無視した捕虜の日本兵に憤りをぶつける。

 日本軍に捕まっていたその女は、日本兵たちが飢餓のあまり一人の中国人を殺して食べたこと、さらにまだ二人の中国人が捕まっていることを伝えて事切れる。隊員の一人は憎悪のあまり洞窟の入り口を機関銃で撃つ。

 5人はこのまま日本軍が投降しなければ洞窟を攻撃することを決め、捕虜の日本兵はすでに声も枯れながら呼びかけ続ける。排長は単身洞窟に向かい、捕らえている二人の中国人を解放するよう迫る。

 日本軍は二人を連れ出すが、どちらも極限まで痩せ細り虫の息になっていた。その無残な姿を見て隊員たちは改めて怒りを募らせる。

Cap960

日本軍は捕らえられていた二人の中国人を解放する



感想

 捕虜の日本兵の必死の説得もあってか、意外とあっさりと(でもないけど)洞窟から出てきて、八路軍の食料を受け取る日本兵たち。

 「隊長殿! 一緒に日本に帰りましょう!」と叫び続ける捕虜の日本兵の姿が痛々しかったが、ともかく一件落着かと思えた。

 上官に連れられて出てきた日本兵たちは、ただひたすら上官の命令に従い続ける。歩けと言われれば歩き、座れと言われて座る。彼らは、飢餓状態が極限に達しているというのに上官の許可がない限り、目の前の食料に誰も手をつけない。徹底的に「個」が消しさられているようである。そしてひとたび許可が出れば、獣のようにむさぼり食う・・・・・・。

 八路軍の5人が与えた食料の中には、彼らが決して口にできないであろう高級品(当時)である卵や肉類もあった。それを日本兵らに与えるのを躊躇した後、結局渡す。しかし、日本兵たちももっとも高価である肉は自分たちが食べず、上官に渡す。

 が、肉を見て吐き出す上官。ここからが、急展開の始まりであった。

 突然、洞窟の中からボロボロの服をまとった女が叫びながら飛び出してきて、日本兵たちは再び洞窟の中に逃げ帰ってしまう。

 服装がボロボロだったことから、最初、洞窟の日本兵たちに性暴力を受けていたのかと思ったが・・・・・・洞窟の日本兵たちは飢餓の余り捕らえた中国人を食べていたのだという衝撃的な事実が明らかになる。

 この事実の暴露、そして再びの洞窟立て篭もりで、この後、映画は見る者につばを飲み込むことも許さないような異様な緊張感に包まれていく。

Cap953

 洞窟の暗黒の中に潜む日本兵たち

 日本の降伏を是とせず、頑なに立て篭もり続ける日本兵たち。もしかしたらそれは、天皇や国家への忠誠や信念を貫徹する行為として賞賛される可能性もあったかもしれない。しかし、彼らはそのために捉えた中国人を食べていた。何の関係もない他者を踏み台にしていたのである。

 聖戦と言い、天皇や国家への忠誠と言う。そんな一歩間違えば「美学」として語られかねない日本軍の戦いが、中国をそして無数の踏みにじられた他者の上に成り立っていることをこの映画は明らかにする。

「一緒に日本へ帰りましょう!」という被害者としての一兵士の血の叫びと、「(洞窟にいるのは)32人だと? 中国人は人じゃないのか!」と加害者として糾弾される声が交差する映画なのである。

2010年8月26日 (木)

『晩鐘』前半

あらすじ

 1945年、日本は無条件降伏。絶望した中国の日本軍のある部隊は全員で焼身自殺を決行する。

Cap876 

集団焼身自殺を前に、一人一人の兵士の名前と出身地を記録し伝書鳩に託す 

一方、八路軍遺体埋葬部隊の5人は、各地を転々とし、地雷撤去も行いながら、仲間の遺体を埋葬して回っていた。

 八路軍兵士の遺体を一人一人手厚く埋葬する5人。一方、カラスに狙われる日本兵たちの遺体をどうするか迷った末、排長はまとめて埋葬してやることにする。しかし中にはその処置に不満な隊員も。

 各地を旅する中で、5人はさまざまな戦争の傷痕を見てやりきれない気持ちになる。隊員の中には日本軍に強姦され自殺した妻を持つ者や、家族全員を殺された者もおり、どうして投降した日本兵を殺すことができないのか、という疑問が渦巻く。

 ある廃寺を今夜の宿にした5人。しかし、その中には一人の衰弱した日本兵が倒れていた。複雑な気持ちで手荒ながらも水を飲ませ、食料を食べさせてやる5人。

 やがて意識が回復したその日本兵は、日本がすでに無条件降伏したことを知らなかった。彼は32人の日本兵が食料が尽きたまま弾薬庫に立てこもってそこを守っている、彼らに食料を与え救ってほしいと5人に頼み込む。

Cap950

部隊の仲間に食料を与えてほしいと懇願する日本兵



感想

しょっぱなから、日本の敗戦のショックで集団焼身自殺を決行する日本兵たち、という衝撃的な場面から始まる。

彼らは「日本兵」として組織の一員として死に赴くのだが、その前に(おそらく集団自殺を提案した上官自身の命令で)一人一人自分の「本名」と「出身地」を述べていく。「組織」の一員として死ぬことを決めた者たちが、その直前に「個人」としての自己を主張する場面だが、しかしそれは「集団自殺」に何も影響を及ぼすことなく、兵士たちは<粛々>と灯油をかぶり炎に焼かれて死んでいく・・・・・・。

 ただ、彼らの「個人」としての名は紙に記され、日本まで届けて欲しいと願われた一羽の伝書鳩に託されたのみ。

Cap877

・・・・・・でもさ、このシーンって衝撃的でいいシーンなんだけど、本編とのエピソードと全然関係ないんだよね。いや、この映画が描こうとしているテーマとは密接に関わりあるけど・・・・・・映画としてこういう手法はどうかな?

 さて、やっと本編。

 本作の主役は、八路軍は八路軍だけど遺体埋葬部隊というちょっと風変わりな任務を負う兵士たち。・・・・・・なるほど、そういう部隊って確かに必要だよね。花形ともいうべき(?)戦闘部隊ではなく、そういう部隊を主役に設定したのもこの映画の特色であり、テーマともあっているのだろう。

 で、この部隊の任務である戦死兵士の埋葬シーンが丁寧に描かれているのだが、同じ場所にあった八路軍兵士と日本軍兵士の遺体の扱いの違いがはっきりと描かれている。

 彼らは、仲間である八路軍兵士たちのために、一人一人の墓を作ってやっている。その遺体の扱いも丁寧で、例えば重くて遺体を引きずってしまっていると、別の隊員がかけつけ遺体の足を持って運ぶのを手伝う。つまり、抗日のために命を落とした兵士の死体を引きずる=粗末に扱う、ことなどあってはいけない、と隊員全員が心から思っているというわけだ。

Cap1029

八路軍兵士の遺体を埋葬する 

そして八路軍兵士の埋葬を終えた後、そばにあった日本軍兵士の遺体をどうするか、というのが問題に。すでに遺体の側には、カラスが集まってきて狙っている。このシーンまでセリフらしいセリフがないが、それでも隊員たちの「日本兵の遺体など放っておけ」という雰囲気と「さすがにこのままではカラスの餌食にさせてしまうのは哀れだ」という感情が交錯しているのが伝わってくる。

 結局、彼らの隊長である排長(小隊長)は、しばしの逡巡の後、彼らも埋葬してやることにする。だが、日本軍兵士のためには大きな穴を一つ掘って、そこへ機械的に投げ込んでいく、という八路軍兵士の遺体に対するのとは対照的な扱いとする。中国を侵略し仲間を殺した相手への憎悪と、遺体となってしまった彼らへの憐憫や人道主義との葛藤の果ての妥協策なのだろう。だが、それでもどうしても埋葬を手伝うのを拒否した兵士もいた。彼の妻は、戦時中に日本兵に強姦され自殺してしまったらしい・・・・・・・。

Cap882

日本軍兵士の遺体を埋葬する

 日本軍に対する憎悪と、人道主義の間で揺らぐ彼らの心情が、やがて日本軍の投降を巡って、緊迫した心理劇を形成する要素の一つとなっていくのである。 



ピックアップ場面

Cap1030

無数の墓に囲まれ、それぞれの思いに浸る5人

小柄な八路軍兵士(どれだけ多くの寡婦が残されたことだろう。これから、俺が結婚する時は、寡婦を娶ろう)

ヒゲの八路軍兵士(俺の妻は、9歳年下だった。今年33歳になるはずだ、まだ子どももいない。帰ったら、きっと子どもを作ろう)

大柄な八路軍兵士(俺の嫁は、井戸に飛び込んだ。日本兵に辱められて。日本兵のくっそったれめ! なぜ、あの捕虜たちを皆殺しにしてはいけないんだ?)

痩せた八路軍兵士[排長を見て](彼の家族は、全員死んだ。この8年、彼は一度も泣くことはなかった)

 各地で戦争の傷跡を見、遠くで泣き喚く寡婦の声を聞きながら、どうしようもない気持ちに浸る5人。

 妻を日本軍に強姦され、自殺で失った男の「なぜ、あの(投降した)捕虜たちを皆殺しにしないのか?」という問いと、排長の「この8年、彼は一度も泣かなかった」という事実が、見る者に迫ってくる。

 なぜ、殺してはいけないのか? なぜ?

 答えを出せないまま、彼らは廃院で一人の日本兵と出会う・・・・・・

2010年8月24日 (火)

『晩鐘』総合案内

Cap874

放映:1989年

製作:八一電影

監督:呉子牛

シナリオ:呉子牛,王一飛

出演:陶澤如(八路軍排長),孫敏(捕虜の日本兵),劉若鐳(ヒゲの八路軍兵士),葛亜明(大柄な八路軍兵士),葉楠秋(小柄な八路軍兵士),周琦(痩せた八路軍兵士)

※排長→中国語で小隊長のこと

受賞歴:第9回金鶏賞(最優秀監督賞,最優秀主演男優賞,最優秀助演男優賞,最優秀撮影賞)受賞,第39回ベルリン国際映画祭銀熊賞、他

※金鶏賞:中国で最も権威ある映画賞

評価:(5段階評価、最高5つ星)

ストーリー:★★★       人物造詣:★★★★

文学度:★★★★★      エンタメ度:

萌え度:            総合お勧め度:★★★★★

入手可能ショップ:現代中国映画上映会

※入手は難しいと思われるが、日本語版が出ているらしい→http://movie.goo.ne.jp/movies/p16102/index.html


簡単あらすじ
:抗日戦争終了直後、戦闘で死亡した仲間の遺体を埋葬するため各地を転々とする八路軍の遺体埋葬部隊。彼らはある廃院で一人の衰弱した日本兵を発見する。その日本兵は近くの洞窟に仲間の日本兵32人が投降を拒否して立て篭もり食料も尽きている、彼らに食料を与えて欲しいと訴える。しかし、八路軍が案内された洞窟では恐るべき事態が起きており、徐々に狂気に侵食されていく・・・・・・


簡単解説
:抗日戦争終了後、武器庫を守るため投降を拒否する日本軍部隊と投降を呼びかける八路軍の遺体埋葬部隊との極限でのやり取りを描く。

第五世代の監督である呉子牛の5作目。その傑作ぶりから中国の最も権威ある賞・金鶏賞を総なめし、ベルリン国際映画祭りでは中国作品として始めて「銀熊賞(審査員特別賞)」を勝ち取った。

 派手なストーリー、個性的なキャラクターもないが、圧倒的な迫力と映画の底力を見せ付けるようなすばらしい作品である。

 全体的に見る者に著しい緊張感を強いる映画である(注:褒めている)。特に開始50分~1時間後のいったん問題が解決したかと思われた直後の急展開からラストにいたる緊迫感がほとんど異常なレベルだ。

 この映画は「静寂」と「闇」に満ちており、その中で狂気が醸成されていく。水の音,わずかなみじろぎ,虫の羽音・・・・・・見る者はまるで闇夜の中を行く小動物になったかのようにわずかな音や(映画の中の)気配にいつの間にか神経過敏にさせられ、怯えさせられてしまう。

 思うのだが、こういう映画は日本人こそが作るべきであった、と思う。この映画の主題は「(一般的な)戦争の狂気」という<普遍的>なものであることは間違いないが、同時に「日本軍」という<固有の組織>が持つ愚昧さもきちんと描かれている。それはことさらに日本軍を悪く描こうというわけではなく(←私自身はべつにそのことに意義はないが)、中国人の記憶にある日本軍や歴史家などが史料や証言に基づいて検証した日本軍という組織・・・・・・つまり史実に沿って造詣したらこうなった、ということであろう。また同作品では一歩踏み込んで、その愚昧さの理由の一つを「天皇の軍隊」という側面に求めているように見える場面もあるが、その点はやや掘り下げが甘いのが残念だ。(私としては、明確に<日本軍>についてしかも史実に即して描かれている時に、その問題や犯罪行為を、その他の国々の人ならいいが、<日本人>自身が「戦争(一般の)狂気」「軍隊の業」とか捉えてしまうことは、厳に慎むべきことだと考える)

 また映画では、そのような愚昧な組織に取り込まれた一般の日本兵たちの被害者性と加害者性がくるくると交代しながら描きだされる。特に集団自決を迫られた彼らが闇夜の中で「荒城の月」を歌う場面は、この作品の名場面の一つである。

 そして映画ではその日本軍の思想と美学(天皇への忠誠や生きて捕虜の辱めを受けずなど)が他者をまきこんでいかなるおぞましき事態を引き起こしたかを象徴的に明らかにする。・・・・・・やはりこのような映画は日本人自身が作るべきだったのであり、それが日本人によってなされず中国人によってなされたことに、戦後日本の問題がある。

 一方で、この映画には冒頭やラストに衝撃的だがストーリーとまったく関係ない意味不明なシーンもあり、ラストの結末も見る者の想像力に期待しすぎな面があり、そこが作品として大きな欠点だと思う。