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2014年4月22日 (火)

『粟裕大将』視聴中

 昨年3月に中国で買ってきたドラマ『粟裕大将』をやっと見ています。

 粟裕のことは林彪に次いで気になる軍人で、彼の伝記を読みたいと思ってたところだったので、こういうドラマを見つけられたのは実にラッキーでした。

 まだ2話までしか見てませんし、しかもツイッターで書いたものの転載ですが、ブログ更新しないよりはマシなので(汗)、貼っておきます。

 

 ああ……でも早く陳/毅と粟/裕の熟年ラブラブ夫婦ぶりを見たい……

 ちなみに最近源平系(と言うより奥州藤原系)大河ドラマにはまっていて、12世紀日本と20世紀中国を行き来しているので、ツイッターもカオスになっています。




ツイッターより

「さてそれでは源平の時代から800年ほど下がり、国も変わって、中国ドラマ『粟裕大将』見るよー。さっきまで衣川で互いに腹の探り合いをしてる安倍氏と国司の緊張感あふれるやりとり見てたけど、今は国共両党の将軍たちが停戦中に腹の探りあいしながら友好を演出している緊張感あふれる場面が……」https://twitter.com/dramatic_China/status/457151637476225024

「昔だとこういう共産党サイド人物の生涯を中心にしたドラマは子ども時代からやたらダラダラと書いて最後の肝心の成人後の活躍がはしょられるようなどうしようもない脚本のものが多かったけど、この『粟裕大将』はなかなか洗練されていておもしろい。」https://twitter.com/dramatic_China/status/457153280087302144

「いきなり国共内戦から話がはじまってテンポも良く視聴者を飽きさせない(まあ、題材そのものに飽きている場合はどうしようもないが)。でも粟裕将軍は少数民族(侗族)の出身なんでそのへんの幼年期の生活がどうだったのかは見てみたかったなぁ。」https://twitter.com/dramatic_China/status/457153905952968704


「てか林彪もそうなんだけど、粟裕も第二次国共内戦の時、まだ30代なんだよね。解放軍の二大勝利の女神(?)がどちらも若くて可愛いいなんて嬉しいねぇ。」https://twitter.com/dramatic_China/status/457156291262046208

「しかもこのドラマ『粟裕大将』の粟裕がまた可愛くてなぁ~、粟裕のイメージぴったりじゃねぇか。」

https://twitter.com/dramatic_China/status/457158047001894912

「穏やかな性格と可愛い顔して凶悪なまでに強いのが粟裕という軍人です。(でも精神的には安定して林彪のように強さと引き換えに精神が破たんするタイプとは違うね)」

https://twitter.com/dramatic_China/status/457160647889788928

Photo

イメージぴったりの粟裕(役者:郭広平)



「『粟裕大将』に出てくる某少年兵、中国の戦争ドラマ見慣れている人なら必ず気がつく分かりやすい死亡フラグがバンバン上がっていく……2話目は全部使ってこの少年兵の死亡フラグを掲げる回なのか……」https://twitter.com/dramatic_China/status/457168820646318081

「しかも爆破班に配属された。こう聞けば(中国の視聴者は)100%分かると思うけど、この少年兵が爆破が不発だったので自分が身を挺してその瞬間まで作業して爆破に巻き込まれて死ぬか、爆弾もって敵陣にカミカゼアタックをかける展開が目をつぶっていても分かるというものです。」

https://twitter.com/dramatic_China/status/457169270418329600

2014年1月28日 (火)

『我們的法蘭西歳月』

 すっかりご無沙汰しています。

 今まで少しずつ訪問してくれる人も増えてきて、定期的に来てくれる人もできてきたのに、長い末行進で失ってしまったでしょうね。マジで帰宅した後はキーボード打つのもつらい日々ですが、そんなこと言っているといつまでも再開できないのでむりやりでもリハビリ的に更新していきたいですね。


 さて、最近は中国ドラマもあまり見れないのですが、最近ちょっと見れたのが『我們的法蘭西歳月』。

 訳すと『我らのフランスでの日々』とでもなりましょうか? タイトルを見ればわかると思いますが(←????)1920年代の勤工倹学がテーマのお話しです。

 


 勤工倹学。中国共産党パリ支部。

 まさしく黄埔軍校と並ぶ革命家たちの二代青春ものの一つではありませんか。

 しかもおそらく勤工倹学inフランスをテーマにした作品はこれが初ではないでしょうか?

 さて、内容はと言えば、まだ見始めたばかりですが・・・・・・・・いきなり国辱を忘れないため半裸で知り合いの女学生二人に交互に冷水をぶっかけてもらう蔡和信とか出てきましたけど・・・・・青年の愛国的情熱!って言うか単に変態だーー!!状態にしか見えません!!

 しかも恋人の向警予が「蔡和信!××条約は!?」と問いかけ、それに蔡和信が(水をぶっかけられながら)「国辱の何たらかんたら!」とか叫び返すとかいったい何のプレイかと思いますね・・・・・・・・。


 あと、周恩来をはじめ勤工倹学で忘れちゃいけない面々は数多くいますが、その筆頭はやっぱり鄧小平。

 で、その鄧小平君。留学させてもらうため、先生の前でバレバレの背伸びして身長をごまかそうとしてヤバい・・・・・・・いやいやこっそりシークレットブーツ履くとか、部屋に入る前からつま先立ちとかならまだ分かるんですが、校長の目の前であからさまに背伸びして身長をごまかそうとするんですよ。こんなアホの子、子ども何々じゃなくてそりゃ留学させられんでしょう。(そしてしっかり「この子はまだ小さすぎる。あと2年くらいしたらまた来なさい」って言われてるし)

 とりあえず1話で鄧小平は15歳という設定ですが、12、3歳くらいにしか見えないのがミソです。ドラマ製作者はよくわかってらっしゃる。このかわいい子が周恩来に出会って「先輩、先輩」と刷り込みを受けたヒヨコみたいに後を慕っていくのか……(←後半は妄想です)


 と言うわけで今後の展開が期待大な作品です。どんな変態が現れるのか的な意味で。

 

2012年8月 4日 (土)

最近(?)見た映画『黄金大劫案』

Jpg9_3



 5月頃に見たのでぜんぜん最近じゃありませんが、寧浩監督の『黄金大劫案』を見ました。きっかけはこちらのブログで賞賛されていたから。

 今回の中国滞在時にはなるべく映画館で映画を見ようと思っていましたが、結局見られたのはこれを含めて三本のみ。しかも映画館に行くまでにえらく時間がかかるのでこれと『セデック・バレ』を同じ日にまとめて鑑賞。上記ブログで賞賛されていたように確かにおもしろい作品だったけど、その直後に『セデック・バレ』を見たせいで少し印象が霞んでしまいましたが、一本の作品として充分に及第点,「当たり」の作品です。強力なハリウッド映画が公開されている時期にベスト十位内で奮闘していました。


 詳しい内容は上記のブログで確認していただくとして、題名の意味は日本語にすると『黄金大強奪作戦』とでもなりましょうか? 要するに日本軍の邪魔をするためその資金源である何トンだかの金塊強奪を狙う満映内の抗日組織とそれに巻き込まれた超ノンポリの親孝行なコソ泥のお話。これヨーロッパ娯楽映画における「ナチスの黄金を奪え!」的な話の中国版やね。そこにコソ泥,抗日組織,元義和団員のジジイ,英雄かぶれの山賊たち(!)、関東軍(奇人の巣窟)がからんできてもういったいどこに着地するのやら皆目わからない展開に(笑)


 基本コメディ路線ながらちゃんと泣かせる映画でもありました。いい人だと思った人が悪人だったりかと思ったらやっぱりいい人だったりと人物劇としてもおもしろい。

 特に注目は主人公のすっかり呆けてしまった父親。この老人は20世紀初頭の義和団事件に参加し、1940年代になってもいまだに(彼の中では)義和団の時代を生き、拳法やナイフ投げが銃に負けるというのが納得いかず周りにバカにされている。呆けているために日本軍の前で「息子は(辛亥革命の)革命党」と口走ったりなにかとトラブルを起こすじいさんだったが、息子の危機に際し義和団の血が目覚めジジイ無双を発動。バカにされ続けてきた義和団としての戦い方で近代的装備を持った敵をバッタバッタと打ち倒す。それは義和団を、引いてはそれに賭けてきた老人の人生を単なる時代おくれとして嘲りの対象とし葬り去った(映画内では日本軍に代表される)「近代」に対する意表返しの戦いであった。

Jpg6_2

ジジイ無双!!


 内容以外の点でも俳優たちのコメディちっくな演技も素晴らしいし、それを盛り上げる音楽とカメラワークの妙も見所。特に音楽の功績が大きい。


 で、上記ブログでも特筆されているけど、敵役の関東軍特務・鳥山役を演じた日本人俳優の山崎敬一氏の演技がもうとにかくすばらしいすぎでした(上記ブログは山崎敬一の役を「横路」と書いているけどこれは間違いで「鳥山」が正しい)。

Jpg8

 この鳥山という男、まあ、平常運転で頭のネジが軽く5,6本吹っ飛んでいるような人物で、何かと奇人・変人・超人な日本軍人が多い抗日映画・ドラマ界にあってもトップクラスのぶっ壊れぶりである・・・・・・って一回しか見なかったけどこの人、襲撃の場面で迷うことなく自分の上官を盾にもしていたような・・・・・・。

 抗日組織を罠にかけていっせい捕縛するシーンでは、どこから持ってきたのかジャズ音楽(?)を大音量でかけ、逃げ惑う抗日人士の逮捕を指揮棒を振り踊りながら指揮するという壊れっぷり。しかも倒しても倒してもニタニタ顔で復活してくるゾンビも真っ青の執念。って言うかくるくる回る見開いた目と底抜けに明るい笑顔が怖ぇぇ。顔芸だけでも充分すごいです、この役者さん。もちろんありとあらゆる卑怯な手を使うのはお約束。

 ストーリーももちろん面白いですが、この鳥山の壊れっぷりと役者さんの怪演(&顔芸)だけでも充分すぎるほど見る価値のある映画です。


※ちなみに一番上の写真は日本軍に追われて教会に逃げ込んだものの隠れる場所が無かったので磔キリストのふりをする主人公




購入可能なショップ

現代中国映画上映会

クイックチャイナ

 

2012年7月26日 (木)

セデック・バレ感想(2)

 と言うわけで、『セデック・バレ』感想続きです。前回のはこちら。


 前回は多言語の話だけで終わってしまいましたが、べつにこの映画で最も大事なのは多言語問題だと言いたいわけではないです。多言語による「ズレ」と「しかけ」はこの映画の一要素でしょう。ただ、自分が注目し他でもあまり触れられていない話題みたいなのでちょっと力を入れて触れてみました。

 あと、繰り返しますが、私が見たのは2部構成4時間の大作を2時間半に圧縮した中国放映版(インターナショナル版らしいです)であること、さらに一度しか見ていない上に、日本語以外のセリフは中国語字幕で理解するしかなかったこと、極めつけにブログ主は人物の識別が苦手であること・・・・・・などの何重苦状態での鑑賞だったので、いろいろと間違っている部分もあると思います。「私の見た『セデック・バレ』と違う!』」と言うことになっているかもしれません(汗)。

(後に完全版を見ましたが、やはりインターナショナル版の感想を書くことにします)


 以下、まとまりの無い感想をつらつらと。(ネタばれありです)


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2012年6月11日 (月)

『セデック・バレ 完全版』メモ

 これは『セデック・バレ』感想(1)の続きではありません。

 ちゃんとしたのを書く時間が無いので、とりあえずこの前『セデック・バレ 完全版』を見た時(私が最初に見たものはインターナショナル版=短縮版)にはてなハイクに書いたものをほぼそのまま貼っておきます。思いつくままにハイクに書いたメモですので、見てない人にはとても不親切な内容ですが・・・・・・。

 ちゃんとした感想は・・・・・・・・・・・・・・・まあ、そのうち必ず。

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2012年5月24日 (木)

『セデック・バレ』感想(1)

Photo


 中国でも『セデック・バレ』が公開されたので、さっそく見てきました。いやぁ、あの作品は傑作ですね。

 

 大阪アジア国際映画祭で上映されたようですが、日本での一般全国公開を強く望みます。このような良作を気軽に見ることが出来ないとしたら、それこそ日本にとっての不幸と言うべきでしょう。

 と言うわけで、台湾映画なのでこのブログ本来の紹介基準とははずれますが、思いつくままに感想を書いてみたいと思います。

  • ブログ主は抗日マニアですが、霧社事件については詳しく調べたことはありません。まともな文献に当たれないので(初学者がこうゆう歴史問題をネットで調べるものじゃない)、霧社事件についてはあえて調べないで書きます。あくまで映画の中での出来事だけに焦点を当てるという意味です。
  •  
  • 中国での放映されたのは本来2部構成で計4時間半以上あった作品を155分にまとめた編集バージョンです(おそらく内容上の理由と言うより、興行上の理由でしょう)。そのため解釈に必要な場面を見ていないこともあります。
  •  
  • 映画を見る者として致命的な欠点ですが、ブログ主は人の顔を見分けるのが非常に苦手です。特徴的な顔の人物はわかるのですが、だいたい服装や髪形の違いで見分けているので、この映画のようにみんな同じ髪形と服(民族服or軍服)でしかも一回しか見てないとかなりお手上げ・・・・・・まあ、主人公の区別はつきましたが、そういうわけで人物を取り違えているかもしれません。


というわけで以下一部(?)ネタばれ。

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2012年5月18日 (金)

ドラマ紹介『硝煙背後的戦争』&ドラマ中の反戦同盟について

 ※はてなハイク投稿文の改編。

「日中戦争時期の八路軍晋察冀根拠地と延安工農学校を舞台に、八路軍と日本人捕虜の間に起きた砲煙の上がらない心理戦を描いた」(クイックチャイナ商品説明より)

http://www.quick-china.com/movie/detail/dj19334.html


 先日久しぶりに中国ドラマ通販ショップ「クイックチャイナ」を見ていたらみつけた作品・『硝煙背後的戦争』。実は知人の中国人から「日本人反戦同盟」を扱ったドラマが放送されている、とは聞いていたのだが(その知人はドラマの名前を知らなかった)、これだったか・・・・・・。

 この説明を読んで以来、ぜひ見たいと思って探していたんだが、先日やっと見つけることが出来た。


 抗日ドラマにおいて「日本人反戦同盟」はよく登場はするけど、すごいチョイ役だったりそういう存在があることだけがセリフで説明されたりというパターンが多かった。こんなに前面に出して来たのはこの作品が初めてだろうね。

 で、時間無いので冒頭20分だけ見たけど、なかなかおもしろそう。中国ドラマは第一話がおもしろければ最後までおもしろいの法則があるので、それなりに期待できそう(ちなみに兄弟の日本兵が出てきたけど・・・・・・ああ、この二人のうち一人が反戦同盟になって兄弟間の葛藤が生まれるのね・・・・・・という展開が読める)。


 ちなみに今まで見てきた中で反戦同盟がチョイ役でもいいから登場したドラマ。

・『八路軍』→冒頭から後に反戦同盟に入りそうな(って言うか展開的に確実に入るだろう)日本兵捕虜が登場。ドラマ自体があんまりつまらないので見るのを放棄したが、たぶんけっこう出張っていたのではないかと思う。

・『鉄道遊撃隊』(ドラマ版)→ドラマ前半で捕虜になり、後半で鉄道遊撃隊の危機を救うのに重要な役割を演じる。わりと活躍したほう。史実の鉄道遊撃隊=魯南遊撃隊にも二名以上の元日本兵が参加しており、ドラマと似たような方法で遊撃隊の危機を救っている。

・『地道英雄』→反戦同盟に入ろうとして失敗して死んだ人はいる。

・『地道戦』(ドラマ版)→(まだ途中までしか見てないけど)あらすじを見ると終盤で少し登場する様子。

・『水上遊撃隊』→(まだ途中までしか見ていないけど)たぶん出る。このドラマのモデルとなった遊撃隊にも日本人いたらしいし。

・『太行山上』(映画)→名前が出て来る。

・『天安門』(映画)→抗日戦争終了後、建国直前の話だが主要人物五人のうち一人(って言うか準主役)が元反戦同盟員(役者も日本人)。しかも日本兵が捕虜になって後に反戦同盟になるというパターンではなく、日本の軍国主義に反対して中国に渡り中国共産党と合流して反戦同盟に、という珍しい設定だった・・・・・・いや、この人そんな過激なことやるようには思えない穏やかなキャラだったけど。



と、私の観測範囲だが、『天安門』『八路軍』『鉄道遊撃隊』が反戦同盟員の登場&重要度が大きい作品ベスト3だった。だが、『硝煙背後的戦争』はその主題からして、この三作品を大きく上回ることは確実だろう。

 ・・・・・・いつか(←いつ?)時間があったら抗日ドラマ中の反戦同盟の描かれ方について分析してみたいと思っている。

 

2012年5月 8日 (火)

『小二黒結婚』総合案内

Cap466


原作:趙樹理『小二黒結婚』(1943年)

放映:1964年

製作:北京電影

監督:干学偉

シナリオ:石一夫

出演:兪平(小芹)、楊建業(小二黒)、趙子岳(二諸葛)、周婷(三仙姑)、金旺(董存杜)


評価

ストーリー:★★★         人物造詣:★★★

文学度:★★★         エンタメ度:★★★

萌え度:            総合お勧め度:★★★



簡単あらすじ
:抗日戦争時期、とある抗日根拠地の村に暮らす民兵の小二黒と小芹は相思相愛の恋仲になった。しかし、田舎インテリの小二黒の父は、村の怪しげな巫女が母である小芹との結婚に大反対。さらに小芹に横恋慕をする村幹部が二人の仲を裂くため小二黒を無実の罪に陥れ・・・・・・



簡単感想・解説
:愛し合う若い二人がさまざまな障害を乗り越えて結ばれるという、シンプルな話ながらユーモアと明るさに満ちた良作。どこか中国版「ロミオとジュリエット」のようなおもむきがある。主役の小二黒と小芹よりも戯画的にデフォルメされていている「悪役」たち(二人の恋仲を邪魔する人々)がまたどこかとぼけた感じでおもしろい。シンプルなストーリーと類型化された登場人物が逆に魅力となって、映画の最初から最後まで気楽に楽しめるであろう。

 作品自体はユーモラスと明るさに満ちているが、扱っている題材自体はけっこう危ういものがある。この作品は40年過ぎ頃のおそらく山西と思われる抗日根拠地(解放区)の農村を舞台にしている。この頃、共産党が政権を担う解放区では封建制の打破が目指され、その一環として、男女当人の意思に基づいた結婚という、それまでの結婚は両親によって定められるものという因習を根本的に覆す改革が行われていた。小二黒と小芹の「自由恋愛」とそれさまざまな妨害に遭うのはこのような原作が書かれた当時の時代的背景と切り離すことはできない。さらに危ういのが、共産党が旧政権(地主・土豪など)を打破して民主的で抑圧の無い全く新しい社会を作っているとされ、今もそのようなイメージで語られる解放区の村で新政権の村幹部が早々に腐敗し、旧政権と同じように権力を濫用している様子を描いている点である。

 このような題材を農民たちにもわかりやすいようにと(趙樹理は生涯学問の無い農民や労働者のための小説を書き続けた作家である)シンプルかつユーモアに満ちた喜劇として書き上げた原作者・趙樹理の手腕はなかなかのものだと言えよう。映画もその原作の持ち味を生かし、さらに発展させた楽しい作品となっている。

 なお『小二黒結婚』は当時整風運動の中で提起された毛沢東の『文芸講和』(農民や労働者・兵士に奉仕する文芸のあり方を提唱した)に沿った作品とされ(ただし、趙樹理が当該作品を書いた時には「文芸講和」の影響は受けていなかったようである)、趙樹理と『小二黒結婚』は「文芸講和」の精神を体現する代名詞として一躍有名になった。

入手可能ショップ

書中(http://www.frelax.com/cgilocal/getitem.cgi?db=book&ty=id&id=XEHJ105492

2012年3月 7日 (水)

『金陵十三釵』感想

 映画『金陵十三釵』の感想です。あらすじ(完全ネタばれ)はこちら。


 さて、感想の前にこの映画の思い出(?)をば。「今年はなるべく映画館へ行こう」計画の一環として映画館で見たかったのですが、例によって上映期間中はひたすら忙しく、やっと時間が出来たらと思ったらうちの街で唯一やっていた映画館も最終日。しかも早朝にやっていたこともあって、着いた時には上映が始まって10分ほど過ぎていた。そして、映画館の人は言った。「もう上映始まっているから入れることはできない」・・・・・・・ええええええ!! んな殺生な!? 中国の映画館ってそうなの? 今まで遅れて入ったことないからわかんないけど、ちょっと遅れただけでもう見せてくれないの!? 最終日だよ?

 しかし、頼んでもどうしても入れてくれそうもない。落ち込む私に映画館の人はアドバイスをくれた。「ネットで見たら?」

 ・・・・・・・・・・・・いや、遅れたとはいえ金払って映画館で見ようとしている人にネットで見ろ、とは。って言うか映画館の人にまでネットで見ろと言われるとは思わなかったYO! 

 まあ、結局DVDを買ってみましたが。買ったDVDの調子が悪くてもう再生が難しくなっているので(キャプチャーするのも大変だった)、以下、一度見ただけの印象で感想書きます。


 以下、完全ネタばれとなります。また、とある掲示板にてmizuki-yu名義で書いたものを基礎に書いています。






作品のネック


 まず、私個人の好みで言えばこの映画はハズレです。


 作品全体のネックは、この映画が南京事件(虐殺だけでなく強姦や掠奪も多発したのでこの呼称を用います)を背景にしなければいけない必然性がまったく感じられなかったからです。なんていうか、「災害ユートピア」ものに近いものがありますね。

 ・・・・・・ある意味、人間の絆を感動的に描くために、ナチスのユダヤ人虐殺を背景にしてしまうフィクションのはらみ持つ問題に通じるものがあるんじゃないかと思います。歴史的な惨劇を「感動」の材料として消費してしまうこと・・・・・・私も歴史同人などやっているのでこの問題は人事じゃないというか・・・・・・


 次に展開上のネック、というか嫌悪感を感じた箇所。この映画では娼婦たちがキーパーソンとなるのですが、後半の「娼婦たちのような底辺の女こそ最も気高く英雄と呼ぶべき存在である」とでも言わんばかりの展開、そして「悲惨な選択を引き受けながら努めて明るくふるまう」という演出・描写は、あまりの一種の逆向きのジェンダーバイアス(「娼婦=聖女」)がだだ漏れで、唖然としてしまいました。

 いや、そういう「娼婦=聖女」観って結局のところ「娼婦=卑しい女」という感覚とコインの裏表というか、どちらも「買う側」にとって都合の良い妄想なんじゃないでしょうか? 「買う側」は娼婦の身体を自由にするだけでなく、彼女らを聖女と崇めることで、その個人の人格までも思うままにしているだけなんじゃない? という疑問ぐらいは基本装備しとくのが昨今のクリエイターの教養だと思うが・・・・・・あまりにあからさまなジェンダーバイアスにこれはなにかの引っかけで実は深い意味があるのかと思ったほどです。


 あと、娼婦のヒロインとジョン(クリスチャン・ベール)の三文メロドラマも本気で勘弁してください。ぶっちゃけ、一部の感想ブログで後半が美しくて素晴らしいとか言っている人がいましたが・・・・・・大丈夫ですか?


 唯一見られたのは最後の最後で日本軍の元へ行くのをやっぱり嫌がって泣く娼婦を心を鬼にしたジョンがなだめて行かせてしまう場面が、一瞬ながら残酷極まりなく、ヒューマニズム(ジョンは映画中でその体現者と言える)や「神の前で人は平等」とはいったい何なのか、を考えさせる場面となり張芸謀の面目躍如といったところ。


 あと、日本兵の強姦を免れた女学生のヒロインが、よろよろと立ち上がろうとする場面は、弱き存在の中にある強靭さをあらわしているようで、なかなか見所のある場面です。そしてこのヒロイン「目力」がスゴイ! なんの意味があるんだかいまいちよくわからなかったけど、さすが張芸謀のヒロインって感じでした。(張芸謀のヒロインってなんか無意味に目力ありませんか?)

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光射すステンドグラスの下で弱々しくしかし確固たる意思で立ち上がる少女


 また、この作品は南京陥落の日に女学生と娼婦たちおよびクリスチャン・ベール演じるジョンがとある教会に避難し、そこで数日間をともに過ごすというのが話の骨子になります。こういう設定ですから映画の9割近くが教会とその周辺だけで展開され、登場人物たちはもちろん観客もいったい教会の外の世界(南京の街)がどうなっているのかは全くと言っていいほど描かれません。

 このあたりも私には南京事件を題材にする必然性が無いと思った理由の一つですが、某掲示版にて「当時の一般人にしてみれば街を自由に歩くことができなかったんだからそれはそれでリアリティがあるのではないか?」と指摘され、なるほどと思いました。

 そういう意味で言えばこちらの映評で安全な教会から抜け出して妓楼に戻る(そして日本兵に捕まって輪姦され殺害される)娼婦の行為をリアリティが無いと批判していましたが、全体像を把握できない、そして客観的な判断ができない当時の現場に生きた人の行為と思えばそう無理がない展開と言えるかもしれません(ちなみにこの映評自体は素晴らしいものです、私の感想見るよりリンク先の評を見た方がいいでしょう)。




日本軍は性暴力を裁くことができるか?


 こういう設定ですので住民や捕虜虐殺なども描かれることなく、日本軍の暴力は性暴力に焦点化されて描かれます。

 映画の中盤でも教会を捜索に来た日本兵たちに女学生たちが見つかって危うく強姦されそうになる場面があり、そこでの日本兵は若い女を見て大喜びで追いかけ回す野獣のように描かれてはいました。


 とりあえず李教官(後述)の活躍により女学生たちは強姦を免れましたが、騒動を知って長谷川という大佐が教会に訪れ、兵士たちの乱暴狼藉を謝罪し二度とこういうことを起こさないよう約束します。ジョンも長谷川の礼儀正しさに好感を覚えます。

 一見するとこの長谷川という日本軍将校は、昨今の中国の抗日ドラマなどで流行りの「良心的日本軍人」という奴です。「日本人がすべて悪いわけではない」ということを表現するため、抗日ドラマではこういう日本軍人が登場することがけっこうよくあります。それらはたいていそれなりにひねりが加えられており説得力があるのですが、この長谷川大佐の場合、まるで「とってつけたような」良心的日本軍人として出されました。いや、こんな「とってつけたような」「ステレオタイプ」な「良心的日本人」などむしろ出さないほうがいい、と私なんかは思います。日本のネット上では抗日ドラマの日本兵が「ステレオタイプな悪人」に描かれていることを批判する人もいますが、そういう人たちはこういう「ステレオタイプな良心的日本兵」には特に異論はないのか疑問です。


 しかし、この長谷川大佐、単なる「日本人がすべて悪いわけじゃないんだよ」要員ではありませんでした。前述の映評では彼のことを「教養あるインテリ将校の人道主義精神とその限界」を表現する人物」であると評しており、またこちらでは「劇中で日本軍は敵役となるが、渡部が演じる上官は、部下の非礼を詫び、音楽を愛する紳士的な日本人として描かれている」などと紹介されていますが、私はもっと陰惨なものを感じました。

 後半で明らかになりますが、長谷川大佐は映画の中で(それが彼の本意ではないことは明示されながらも)女学生たちを慰安婦とする計画に関わります。ここで重要なのは、兵士たちの強姦未遂という事態を憂い謝罪するような礼儀正しく理性があり良心的な心の持ち主であるこの大佐の方が、むしろ非理性的で野獣のように女を襲おうとする兵士たちの個人的犯罪よりも、日本軍という組織の中にあって恐ろしいことをやっているのではないか、という問いです。これは日本軍という組織は果たして個々の兵士の性暴力を裁く資格を根源的に有しているのか、という問いに繋がるのではないかと思います。

 ジェンダーバイアスに満ち溢れた娼婦像を描いた製作者が、果たしてこういう問いを想定して映画を作ったかはかなり疑問ですが、観客として作品と向き合う時、監督の想定を超えるものを見出しても良いのではないかと思います。


 日本軍の慰安婦制度は、南京で強姦が多発した事態を受けて、占領地の民衆の反感を買わないため&兵士を性病から守るためのもの(侵略戦争を円滑遂行するため、とも言える)に整えられたものでした。言わば秩序無き性暴力(強姦)から秩序ある性暴力(慰安所)へ。中盤の野獣のような日本兵は前者の象徴であり、後半の理性的な長谷川大佐は後者の象徴とも言っていいかもしれません。実際には慰安所の存在がその後の日中戦争での強姦に拍車をかけたという説(『黄土の村の性暴力』石田米子/創土社、他)や慰安所に通う金ほしさに抗日根拠地で略奪を行われたこともあったという証言(『ある日本兵の二つの戦場』(内海愛子他/社会評論社)などがあるわけですが。

 そういう意味で長谷川が「理性的な知識人」という人物像であることも含蓄に富んでいます。彼はそのような人間であるがゆえに組織の決定に根本的な所で逆らうことができず、またその組織なりの合理性(強姦防止)を認めてしまっているのではないか、とも思えます。慰安婦という形での性暴力は、教養もあり学歴もあったであろう軍上層部によって立案された史実と絡めれてそう思います。ずっと昔に辺見庸という作家がどこかで言っていましたが、理性的な組織が野獣のような個人より狂気に犯されていない、とは言えないのですよね。





李教官祭り

※以下、読者完全置き去りで(私が)暴走しています。腐女子的な表現もあります。 



 さて、以下、なぜか方々で無視されているものの私の中で高ポイントだった李教官語りを。


 このブログで延々と紹介している『狙撃手』にて主人公竜紹鉄を演じた[イ冬]大為が、再び国民党軍人を演じると聞いてクリスチャン・ベールよりはるかに期待していました。実は彼は『狙撃手』の時、愛国趣味の人たちからさんざん叩かれていたからです。「軍人のくせに惰弱すぎる」「中国軍人の面汚し」ってね。

 「惰弱な中国軍人」に対するあの時の中国ネット民の拒否反応は相当なものがあり、張芸謀監督がその騒ぎを知らないはずはありません。しかし、張芸謀監督はあえて[イ冬]大為を国民党軍人に起用した・・・・・・いったい監督の意図は何か? 今度はどんな軍人を演じるのか、と『狙撃手』ファンとしては期待しないわけには行きません。


 で、↓が『金陵十三釵』で李教官を演じた[イ冬]大為。

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 ・・・・・・って竜紹鉄in南京かよ!!!???

B12_2

(参考)↑『狙撃手』の[イ冬]大為演じる竜紹鉄


 いやぁ、やっぱり同じ役者が演じるんだから外見が似た印象になるのは当たり前だよ~、とも思いますが、映画が進むにつれて明らかになってきた李教官の設定は、

 国民党軍将校+天才的な狙撃の名手+無口無表情+ボソボソ喋り+自分を残して部下が全滅+孤高の戦士+血まみれ泥まみれな姿が異様に映える+子どもには優しい

 で、『狙撃手』の竜紹鉄の設定。

 国民党軍将校+天才的な狙撃の名手+無口無表情+ボソボソ喋り+自分を残して部下が全滅(複数回)+孤高の戦士+血まみれ泥まみれな姿が異様に映える+子どもには優しい+敵味方男女関係なくモテまくる+孤独を愛するように見えるが本当はは他人に傷つけられるのが怖いだけ+しかもいったん心を許すと相手に依存的になる+実はかなり無神経etc

 どう見ても竜紹鉄です、本当にありがとうございました。

 子どもに優しい以降の設定は映画では描く余裕が無かっただけでしょう。実は「李」と言うのは偽名で、本名は竜紹鉄で、映画中で戦死したように見えますが、その後(主に人間関係の問題で)国民党各部隊でたらい回しにされた後、40年ごろには山西省の段旅長の部隊に落ち着いた、という話なんですねわかります。

 いや、『狙撃手』って監督(高希希監督)違うんですが・・・・・・まさか『狙撃手』の竜紹鉄キャラ設定丸パクリですか?

 『狙撃手』では竜紹鉄は「彼と一緒に任務に出た部下は生きて戻れない」と悪評が立って「死神」と部隊内で陰口をたたかれていましたが、・・・・・・『金陵十三釵』でもしっかり部下が全滅して一人生き残っているね、37年の時からそれじゃそりゃ悪評もたつわ。 『金陵十三釵』にて日本兵たちが「狙撃手がいるぞ!」って叫ぶ場面では、「竜紹鉄!!」と笑いながら叫び出しそうでした、映画館で見なくてよかった。って言うか、君らじゃ無理だ、芥川君@『狙撃手』呼んでこい。にしても『金陵十三釵』ではちゃんと狙撃手やれてよかったね、『狙撃手』じゃ狙撃手なのにちっとも狙撃手の仕事させてもらえなかったし。


 それにしても、竜紹鉄といい、李教官といい[イ冬]大為は本当に国民党軍服着て血まみれになる姿が美しすぎる。『狙撃手』では人間的な弱さが前面に出て(そこがいいのだが)あまりそういう感じがしなかったが、今回の李教官はなんか「暴力と美」の化身のような感じがしてゾクゾクした。ぶっちゃけ、ヒロインの娼婦よりもこの李教官の方が何倍も美しいと思うのは私が腐女子だからというわけでは・・・・・・あるかもしれないが。

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 『狙撃手』でのやや簡素な感じの軍服もなかなかエロくて良かったけど、今回は軍服の上にコートをまとって走り回るシーンもこれはこれで最高だ。

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 さて、いくつかの映画感想シーンを見ると竜紹鉄・・・・・・もとい李教官の戦闘シーンは映画の中で浮いており不要という意見もあったが・・・・・・ちげぇよ! クリスチャン・ベールと娼婦たちのストーリーが要らないんだよ!! いや、それが話の本筋なのはわかっているが・・・・・・ぶっちゃけあんなどうしようもないメロドラマ展開するくらいなら、もう李教官の「一人ぼっちの戦争」をメインストーリーにした方が映画として断然良かったと思う。実際、李教官が活躍していた前半は緊迫感もあってすごく良かったけど、退場してからはグダグダになったし・・・・・・

 また、李教官の一騎当千な活躍ぶりとその前の彼の部下たちの「英雄的犠牲」は、「中国軍人の勇敢さ、英雄精神を描くあからさまなプロパガンダ」という批判はよく見かける。まあ、その側面は否定しない。特に映画冒頭で逃げる女学生たちを守るため、戦車に対抗するため彼の部下たちが爆弾を抱えてカミカゼアタック(中国の戦争ドラマではよくあるパターン)を決行しまくるシーンはそういうシーンを見慣れた私でもドン引きするレベルだった。なにしろ爆弾を巻いた兵士を戦車に近づかせるために、何人もの兵士が人間の盾になり一人一人日本軍の的になりながら前進するのだから引くわ~。


 ただ、その後一人残された李教官の戦いは、現象的には「女学生を守る」(そして瀕死の少年兵を暖かな場所で死なせてやりたいという願いのため)というものだったけど、根本的には彼の妄執に基づく個人プレーと言うべき感じを受けた。一人生き残ってしまったあとの「昏い目」([イ冬]大為は本当にこういう目が似合う)をした彼は、まさしく「死神」とも言うべき不吉な雰囲気をまとっていた。

 彼女らを守って死んでいった部下たちの死を無駄にしないため、唯一生き残った瀕死の少年兵に安らかな死に場所を与えてやるため、李教官はたった一人で外で教会を守る。死神にして守護者。彼は他人のいかなる評価も必要としていない。ただやるべきことを淡々とやる。時として手段は問わない。

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映画イメージ写真。教会を守る死神、って感じ


 なかなか皮肉が利いているな、と思ったのは教会に日本兵が押し入った時のジョン(クリスチャン・ベール)と李教官の対照的な反応。金と娼婦目当てで教会に居座っていたダメ人間なジョンは、女学生の危機に義侠心に火がついて神父を名乗り赤十字の旗を掲げ人道主義を口にして日本兵の蛮行を止めようとした。しかし、その赤十字の旗は切り裂かれ考えなしに飛び出したジョンは殴り倒されただけだった。

 その頃、李教官は何をやっていた。教会の周りに周到に手榴弾を配し罠を張っていたのである。彼は女学生が追われているのをしばし放置し、戦いの準備をしていたのである。李教官だとて女学生を守ることは(妄執ともいえるほど)至上命題ではあった。ただ何の準備も無く教会に飛び込んでも何の益にもならず、女学生を助けことにもならないこともわかっていたのだろう。彼にしてみれば、少々女学生に怖い思いをさせても最終的に救うという結果を優先したのであり、実際その合理的な判断は女学生を救った。

 つまり女学生を救ったのはジョンの義侠心でも人道主義でも無く、李教官の冷徹な判断と日本軍とは逆のしかし圧倒的な「暴力」だったのである。


 その後の李教官と多数の日本兵たちの戦いもまたゾクゾクものだった。多数の敵を相手にして李教官は冷静極まりなかった、異様と言えるほどに。彼は配置してあった手榴弾の罠を利用し、最大限の効率で黙々と敵を殺していく。

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 ↑は日本軍に追い詰められながら、指折りでカウントすることで時間をはかり敵の動きを把握する様子。

 そしてその罠とは自らの死さえも計算に入れたものだった。それは彼の部下がやったような今まさに弾が飛び交う戦場における異様な精神状態の中で行った自爆攻撃とは違う。あの罠が戦いの場で思いついたものとは思えないからおそらく一晩かけて考えていたんだろう。・・・・・・いや、それなりに落ち着いて考えられる環境下で自分の死をも組み入れた罠を淡々と考えているってそれもまた一種の狂気ではなかろうか?

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ただ一人、戦いの時を待つ李教官


 映画の冒頭で、李教官はただ国民党軍の一エリート士官といった感じだけだった。あんな昏い目はしていなかった。それが戦争のごく短い時間であのような「冷たい狂気」をまとい、敵を殲滅する戦闘マシーンのようになってしまった、ってのは充分主題として描いていいと思うけどねぇ。なんでその「一人ぼっちの戦争」を掘り下げなかったんだか。

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映画冒頭で部下に特攻を命じる李教官。この時の目にまだ「妄執」はない


 ・・・・・・って以上の竜紹・・・・・・李教官擁護はべつに私が「国民党軍服で血まれになる[イ冬]大為はやはり最高に美しい」説の持ち主だからでは・・・・・・たぶんない。


 最後に一枚。

Photo_2

 やべぇ、萌える。

 追記

 ところで一部の感想ブログで「なんで今さらこんなことを描かないといけないんだ」的な感想を見かけたが、最近の某名古屋市長の否定論とそれに対する発言擁護の動きを見ると私なんかは「いや、まだまだ描きたりないんじゃね?」としか思わないけどね。

2012年2月 5日 (日)

『金陵十三釵』総合情報&あらすじ

 ・・・・・・・いろいろと滞っている記事が多いですが、某所で紹介を約束した映画なので、先に概要とあらすじだけでも紹介しときます。感想はまた後日(←いつになるだろう)。

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放映:2011年

監督:張藝謀

脚本:厳歌芩・劉恒

原作:厳歌芩『金陵十三釵』

英語名:The Flowers Of War

主要俳優:張歆怡(孟書娟)、倪妮(玉墨)、クリスチャン・ベール(ジョン・ミラー)、[イ冬]大為(李教官)、黄天元(陳喬治=ジョージ)

評価

ストーリー:★★☆☆☆

キャラクター:★★★☆☆

エンタメ度:★☆☆☆☆

文芸度:★★★☆☆

萌え度:★★☆☆☆

総合評価:★★☆☆☆

 ・・・・・・まあ、これでもだいぶ甘い評価だと思います。しかし、撮影技術とクリスチャンベール&[イ冬]大為の演技と張歆怡の目力に免じて総合評価は星二つ。キャラクターと萌え度&ストーリーの星の大半は、[イ冬]大為演じる李教官の活躍の賜物です。


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:現在見つからず(2012.2.5)

 以下、ラストまで完全ネタばれのあらすじ紹介となります。

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