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2013年5月

2013年5月 3日 (金)

『狙撃手』20話~21話 感想


 相当長い間ご無沙汰していました。身辺は相変わらず忙しいのですが、これから少しづつでも再開していきたいです。

 というわけで、あらすじを書いてから数か月たちましたが、20話~21話の感想です。20話~21話のあらすじはこちら



 今回は石頭や芥川にも注目すべき点がありましたが、なんと言っても今回は文軒回でした。

 

 前回、竜紹鉄が妻・蘇雲暁を救ってくれたことで、両者の間のわだかまりはすっかり溶けたよう。

 しかしだからと言って、表面上は何も変わったように見えない。文軒はあいかわらず国民党と国に忠誠を誓う軍統としての立場を貫き、もしひとたび竜紹鉄に裏切り行為があれば、必ず彼を殺すと心に決めている。

 一方、自由に生き、自らの信じる抗日のあり方のままに闘おうとする竜紹鉄は、どうしたって軍統としての文軒の束縛を拒絶するしかない。

 しかし、互いに決して相容れぬ立場ながら二人の間にはもう憎悪はなく、己の道を大事にするのと同じように相手の立場を尊重する。そのためにもし殺し合いになることになってもそこに憎悪はないでしょう。




文軒の決意


 さて、国民党とその国家に忠誠を尽くすこと、それが何よりも最優先、と言うかそれ以外はすべて切り捨てて生きてきた文軒であったが、それでもどこまでも捨てていったように見えて捨てきれない個=私人として苦しみもがく己はやはり残ってしまった。しかも最愛の妻が害され、竜紹鉄と認め合ったことで公人の仮面の下にあった私人としての弱く苦しみ悩む個としての自分をもう隠し切れなくなっているようだ。

 それでもひたすら無私の精神で党と国に尽くしてきたのもまぎれもない「自分」。その人生を捨てることも否定することもできない。


 今回の文軒は不器用ながらも公人としての自分と私人としての自分を一体化しようとしているようだ。

 妻を害した日本軍への夫としての復讐心、そして通共の疑いがある竜紹鉄を戦場に行かせてはいけないという軍統上部の命令とそれでも戦いに行きたがる竜紹鉄を守りたいという個人的な願いをすべて実現するため、文軒は自分が竜紹鉄の代わりに芥川との決戦に赴くという道を選ぶ。

 その選択を公言した時、多くの者が軍統として竜紹鉄を抑圧し続けようとしているのだと解釈されても。そして段旅長だけは「妻の復讐を果たそうとしている」ことを指摘されると軍人としての自分への侮辱だと憤る。それは公人としての自己と私人としての自己をすり合わせようとしていることに無自覚なのか、自覚しつつもまだそれを受け入れることができないのか、それともあくまで「冷酷無比な軍統」として扱われようとうる文軒の最後の意地なのか。

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段旅長(正面)に自分の銃の腕前を披露する文軒(右後)




 文軒はこの他にももう一度、竜紹鉄に代わって戦いに赴くことになる。彼が負傷し意識の無い間に蘇雲暁が日本軍支配下の県城に向かったと聞き、重傷の身を押して追いかける。途中、やはり蘇雲暁を追う竜紹鉄と会い、彼のケガを心配した竜紹鉄から自分が彼女を助けに行く、と言われても、「これは彼女の夫である自分の役目だ」と譲らない。そこにいるのは誰でも無いひたすら蘇雲暁を愛する一人の男だと理解した竜紹鉄は自分の馬を文軒にゆずり彼を先にいかせるのだった。





残酷な戦場シーン再び

 21話ではこのドラマの特徴でもある残酷さにおいて迫真の戦場シーンが再び見ることができた。反戦をテーマにした監督の戦場描写に「容赦」や「ロマン」なんて持ち込まない心意気がここでも発揮されている。

 例えば脚を吹き飛ばされて苦しみ叫びながら地面をのたうち回る仲間を助けに行く兵士、しかし彼も容赦なく蜂の巣にされて倒れる。(そして白兵戦にあいては銃剣で刺し殺すよりも銃床で敵の頭を強打した方が殺しやすいという描写も健在)

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脚を吹き飛ばされた仲間を助けに行って撃たれる兵士

  いつも冷静な文軒が悪鬼のような表情で血まみれになりながら日本軍と戦うシーンは必見。

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 特にひどかったのが、石頭が捕虜になるシーン。あくまで抵抗を続けよとする石頭に対し、芥川はまず手りゅう弾を持った右手を撃ちぬき、それでも石頭が口ともう左手で手りゅう弾を投げようとするとそのもう一方の立ち上がろうとするともう左手も撃ちぬく。それでも石頭が立ち上がって向かってこようとすると右足を打ち抜いてとうとう石頭の抵抗を打ち砕く。

 そばで見ていた岡崎も眉をひそめるような実に痛ましいシーンであった。

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漢奸の理由

 ドラマもラストに近づき、「段旅の軍事機密を漏らし多大な損害を与えていたのは誰か」と「竜紹鉄の危機に現れ救ってくれる謎の狙撃手は誰か」という残っていた謎も解けた。

 その正体はどちらも文軒の妻で同じく軍統の蘇雲暁だった。彼女は4年前に村が日本軍に襲われた時に父母と弟と家族の全員を日本軍に人質にとられ、文軒に近づいて情報を送るよう迫られていたのだ。芥川がたびたび「私は中国人というものをよく理解している。このスパイは決して我々を裏切らない」とそうまで確信していたのは、彼が中国人にとって家族の絆がどれほど重いものか理解していたということなのだろう。

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長年人質になっていた蘇雲暁の家族


 そしてその通り、蘇雲暁は機密情報を送り続け、その結果段旅には多大な犠牲が発生した。犠牲者の規模を考えれば彼女のやったことは決して許されるべきことでもない。そもそもたいした犠牲が出なくても日本軍に中国側の情報を漏えいするなどまぎれもない「漢奸」(侵略者に協力する中国人のこと。民族の裏切りものとしてしばしば侵略者そのものより激しい憎悪を抱かれる)だ。


 だが、ドラマはあえて彼女を同情的に描く。「家族を人質にとらえていた」という彼女が裏切り行為をしてしまうのも仕方がないという理由づけもしてくれた。また、この謎が明かされるまでも彼女はたびたび自傷行為をしたり悪夢にうなさられたり「私は悪魔だ」ともらしている場面を描き、彼女がどれほど苦しんでいたかを強調する。ノベライズ小説の方では九児が「でも家族を人質にとらえていたんでしょ」と弁護するセリフまである。

 蘇雲暁が竜紹鉄を危機に陥れるような情報漏えいを行いながら、正体を隠した謎の狙撃手として竜紹鉄を救いに来るのも、せめてもの罪滅ぼしと愛する男を守りたいという一人の女としての思いだったようだ。ここにも戦争の中で自分として生きられず、望まぬ罪を犯し続けるしかなかった人間がいた。

 

 日本においては抗日ドラマにおける日本兵の描き方がステレオタイプだという批判が多い。だが本当にステレオタイプなのは実は漢奸の描き方なのだ。利己的で狡猾で金と自分の利益のためなら同胞を売ることに何の痛痒も感じない悪の権化、最後は自業自得で死ぬ。

 だが2009年に作られたこのドラマではそんな漢奸像とは別の姿を描いた。やむにやまれぬ理由があり(=それは彼女にそんなことを強いた者たちにこそ怒らなければならないということ)、すさまじい苦痛があった。まだまだ粗は多いものの、このドラマの漢奸像は注目に値すると思う。




芥川の憎悪

 これまで狙撃手としての誇りを持ち、戦闘能力の無い新兵などは狙うことの無かった芥川。しかし4人いる弟のうち3人はすでに戦死し、残っていた最後の末弟の戦死の知らせが彼を一変させた。

 「自分の敵はシナの豚どもだ」と訓練中の新兵を狙い、逃げ出した者まで背後から打ち殺す。そのことを岡崎に「大佐、大佐は狙撃手は殺戮者ではない、と言っていたではないですか?」ととがめられると、逆に殴って彼を黙らせる。

 弟を中国軍に殺された芥川が憎悪に憑りつかれ、それまでの狙撃手として守ってきたプライドも自分で自分に対してかしていた規律もすべて放棄してしまったようだ。この変化を芥川役の矢野浩二が実にうまく演じている。

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矢野浩二の好演

 その姿は確かに痛ましい。そして冷血漢と呼ばれる彼が失った弟にいかに深い愛情を抱いていたかが実によくわかる。しかも芥川は弟に「天皇陛下のために努力するよう」という手紙を送り弟が軍人として活躍することに期待していた。あのような手紙を送ったり、そもそも弟が軍人になることを止めていれば、最後の一人まで失うことはなかったかもしれない。

 彼が中国人にぶつける憎悪にはそんな自分を自分を責める気持ちを転嫁しているようにさえ見える。


 監督はこの芥川の憎悪とその源泉である悲しみの深さを描くことで何を訴えたかったのか? それは日本の軍人である芥川もまた人間の心を持った存在であり、大事な人を失って狂ったという点において彼もまた戦争の犠牲者の一人である、ということを描きたかったのではないかと思う。

 そういう描き方自体は特に間違ってはいない。だが、日本人がこのドラマを受け取る時、芥川のこの嘆きと憎しみを「戦争というものの犠牲者」とだけ受け取っていいのだろうか?



 端的に行って、この芥川のおかげでどれだけの中国人が死に追いやられてきたか? 彼は無駄な殺しはしてこなかったが、逆に言えば日本軍の勝利のために必要があればなんでもやる人間であった。彼は日本軍の中で一匹狼ではあったが、日本の侵略行為になんお疑問も持っていなかったし、そのために自分の力を最大限に提供してきた。その結果、多くの被侵略国の人間が謂われなく死に追いやられてきたのである(そして彼のその信念は彼のすべての弟の命さえ奪うことになったのである)

 確かに個人にとってある人物の命は因果関係もなにもすべて超えたところで唯一絶対のものであることはある。だからといって、弟が中国軍との戦闘で死んだことをもって芥川個人とその背後にある日本軍の侵略行為すべてを棚上げして「彼もまた戦争の犠牲者の一人」としてとらえてしまうことはやってはいけないのである。

 


おまけ:文軒って黄埔生だったのか!

 

なんか20話で文軒があの黄埔軍校の6期生で、蒋介石校長に褒められたほどの狙撃の名手であったことが唐突に明かされた!

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 6期と言えばすでに共産党を排除して蒋介石が排他的に軍校を支配して徹底的な反共教育と自身への忠誠を要求していた時代。なるほど、ちょうどその頃に学生(しかも優等生)もだった文軒がああまで党と国に忠誠を誓い、部屋には蒋介石の肖像画があるのもそえなら納得だ。って設定細かいな!

 



歴史解説:黄埔軍校

 革命勢力には独自の軍隊が必要と考えた孫文が1923年、広東省広州に設立した中国初の近代的な士官養成学校。蒋介石が校長で、当初は国共合作で共産党もともに運営を担ったが、1927年の上海反共クーデーター以降、黄埔も徹底的に共産党員を排除し反共教育を行った。ここを卒業した生徒は蒋介石の元で軍の要職についたが、共産党の重要な軍人もここの出身者が多い(十台元帥のうち4人がここの卒業生または教官であった)。

 

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