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2012年9月13日 (木)

『我演林彪的血涙史』(林彪の中の人のお話2)@林彪祭

 え~と、林彪の命日たる9月13日ですが、どうしようもない事情により13日に更新できませんでした。でもちょっと日付を操作して13日にあげたことにします。(本当は14日)


 今回は、TVドラマ版『長征』、映画『太行山上』など20代後半~30代の林彪を中心に演じる役者さん・姜峰氏が自身の林彪役歴を語ったブログ記事を翻訳紹介します。あいかわらずのグダグダ役ですが、約し間違えがありましたら、指差して笑ってください。

 元のブログ記事はこちら(中国サイト)。


 ちなみに以前、TVドラマ『解放』、映画『建国大業』などで40代以降の林彪を中心に演じている立平氏のブログ記事を訳したのも紹介したことがあります。それはこちら。

 それでは以下、翻訳文章になります。




『我演林彪的血涙史』


 国慶節もすでに終わり、大型演劇『北平1949年』(注1)も賈慶林主席(注2)の賞賛を受けつつ閉幕となった。私はこの『北平1949』にて林彪を演じていた。数えてみれば、映画,ドラマ,演劇などを合わせて、私にとって四度目の林彪役となる。私が林彪を演じてきたこの10年のことを思い起こせば、深い感慨を覚え、その心情を語らずにはいられない。

 思えば、初めて林彪を演じたのは2000年のドラマ『長征』であったが、あの頃は私もまだ20歳過ぎくらいで、林彪についてよく知っているわけでもなく、これといった研究もしなかった。撮影陣とともに七転八倒していたあの六ヶ月、海抜3000mの高原にも登ったし、雪山にも登り、草原地帯にも行った。総じてあまりうまく演じられなかったと思っている。林彪という人物は内向的な性格で、無口であり、その心中が計りがたい。役者が役柄を作る上での手がかりとなるセリフや動作といった要素も使い物にならない。20歳過ぎでそれほど実力もなかった私には難しすぎた。自分の演技に不満を覚えていた。そしてやはり放映された『長征』では林彪の出番は大幅にカットされていた。初めて演じたあんなにも重要な歴史人物がまぎれもない端役と化してしまって、私は大いに失望した。


 2回目に林彪を演じる機会はSARS後の2004年、八一映画会社(注3)の大型歴史ロマン『太行山上』(注4)で訪れた。シナリオを見て私は喜んだ。100シーン余りのうち林彪の出番は10シーン以上ある。この映画では重要人物だ。この頃の私は経験も重ね、市場に出回っている林彪関連の本はすべて読んでいた。再び林彪を演じる自信は充分についていた。この自信とともに私はロケ地である門頭沟斎堂へと赴いた。ここで死神と肩を並べることになろうとは夢にも思わずに。

 それは林彪が東洋馬を駆るシーンでのこと。戦利品である日本軍のコートを羽織っていた林彪は、閻錫山の見張り兵に誤って攻撃され負傷したのだ(これは確かな史実である)(注5)。私は1948年に『努尓哈赤』の撮影時に初めて馬に乗り、その後も多くの騎馬シーンを演ってきたから、自分の馬術には自信があった。当時、監督はカメラから200メートル離れた山道を馬を駆って走り抜けるよう私に指示した。試しに走って見た時、私はカメラの地点が山道のカーブにあることに気がついた。カーブはかなり急で、私の乗った馬は崖っぷちすれすれを走らなければならなかった。馬を引いて戻ると、撮影の汪先生が私にこう言ってきた。「カメラとの距離が20メートルの地点でアップになる時、林彪の勝利の喜びを表現するため一度馬を鞭打ってほしい」と。私は、「さっきも崖っぷちすれすれだったのに、鞭打ったりしたら危険だ」と言った。監督もやって来て「20メートルではなく30メートルの地点でいいし、そんなにスピードを出さなくてもいい」と言った。私は承諾し、くれぐれも注意しようと自分に言い聞かせた。

Cap1007

『太行山上』DVDのおまけ映像である舞台裏の姜峰

 本番となった。カメラから30メートルの地点で私は鞭を振り上げた。この時、私は本気で打つつもりはなかった。しかし、私の乗った白馬は勘違いをし、ただでさえ早かったスピードをさらに上げた。白馬は私を乗せたままカメラを飛び越え、そのままカーブへと突っ走った。私が手綱を引こうとした時にはもう遅く、私と白馬はもろともに崖から転落した。

 目撃者の証言によると、私は空中を放物線を描いて落ちていったようだ。幸いにも崖は直角ではなく、45度ほどの傾斜で、大きな岩がたくさん転がっていた。私の身体は空中で反転し、二つの岩の間に腰から落ちた。この時、私は声をあげることもできず、五臓六腑がすべてひっくり返ったような感じで、頭の中にはただ「終わった!」という言葉だけがあった。

 急いで病院に運ばれたが、どこも骨折していなかった。林総(注=林彪総司令官)が天から守ってくれたのだ。ただ腰のあたりがだいぶ腫れていたが、腰に二本の厚い軍用ベルトを巻いていたことに私は心中密かに感謝した。

 次の日、私はまだ立ち上がれなかったが、撮影を遅らせぬため、支えられて現場に戻った。私のシーンはすべて座ったままの演技に変更された。七日後、私は激痛をこらえてまた馬に乗り、まだ終わっていなかった騎馬シーンをなんとしてでも終わらせた。

Cap1036

平型関戦闘の指揮をする林彪@『太行山上』

 次の年、『太行山上』の上映が始まり、私は封切り上映式典にまぬかれたが、劇場の前で監督にこう言われた。林彪が出るシーンが数多くカットされた、と! 私が、全部カットされたのかと聞くと、監督は、騎馬シーンは全部カットされた、と答えた。

 天よ、私が命の危険を犯して撮ったシーンが! 私は「いったい何の原因で?」とすぐに問うた。監督によると、ある映画審査員(注6)の幹部が「劇中の林彪の騎馬シーンが朱徳もかっこよくなっている、林彪が朱徳よりかっこよく見えていいはずがないだろう」と言ったのだという。その一言で、私の騎馬シーンは全てカットされた。

 私は怒りのあまり映画をまともに見ることもできず、そのまま家に帰った。腰の痛みが直っても、一年近くも私の怒りは収まらなかった。


 3回目に林彪を演じたのは2006年のことで、また八一映画会社の『八月一日』(注7)だった。林彪の出番シーンは少なかったが、時間も少なく友人の面子を潰すわけにもいかなかったので引き受けた。

 次の年、私が新疆に撮影に行っていた時、ある友人が突然電話をかけてきて、私が『八月一日』で林彪を演じているのは本当かと尋ねてきた。私がイエスと答えると、友人は、「じゃあおまえの面子を立ててチケットを買って見て来てやろう」と言ってくれた。私は、行きなよ、きっといい演技になっている、と言っておいた。

 しかしいくらも経たないうちにその友人からまた電話がかかってきて問われた。「おまえ、本当に『八月一日』で林彪役をやったのか?」と。私がその通りだと答えると「ならどうして映画内におまえの姿が無いんだよ」と友人は言った。私「たぶんまたカットされたんだろ!」友人「モブにさえいないのか?」私「出演者一覧を見てくれないか?」友人「見たけど、そこにもおまえの名前は無いぞ」私「なら、モブ役者の一覧表には?」友人は真剣に答えてくれた。「無い」。

 私にはもはや言うべき言葉が無い・・・・・・それ以降、私はいくつか来た林彪役のオファーをすべて断った。もし林彪が主役の作品でなければ、二度と林彪役はやらないと心に決めた!


 しかし思いもよらず、国慶60周年の折にまた林彪を演じることとなった。今までと違うのは初の舞台劇だという点、同じであったのは、最後に国家大劇院の演出の段階で、林彪の出番がまたしても半分も削られてしまった点である。ああ、これも運命というものだ。人は自分の宿命から逃げることはできない。

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舞台劇『北平1949』での姜峰氏の林彪

 それにも関わらず、今回の仕事はとても嬉しかった。舞台劇への出演のせいで収入は減ったが、私はまた恍惚とする舞台に戻って来たのだ。しかも中国で最高の舞台である国家大劇院で、建国60周年の祝いのために微力ながら自分の力を出せるとは、望外の喜びである。


(翻訳引用終了)




どうでもいい感想と解説


 いやぁ~、林彪、愛されていて良かったね~

 ・・・・・・・・・・・じゃなくて。もう林彪役の姜峰氏にはご愁傷様としか。って言うか、こんなに不遇な目にあっている林彪役って姜峰氏だけなんじゃ・・・・・・・、他の役者さんは特に言ってないだけか?


 まあ、特に『太行山上』関連では中国の映画事情が垣間見える興味深い話があったわけで、特に検閲官の「林彪が朱徳よりかっこいいのはダメ!」(←可愛いのはいいのか?)なんて話は、いかにもあるある的な、革命モノの厳しい序列基準とか、それ以前に「林彪」というアイコンの居場所はどこにあるかあるいはいかにして存在しうるのかとか・・・・・・よくわかんなくなったが、そういう諸々のことを考えてしまう。

 って言うか、「朱徳よりもかっこいい」林彪の騎馬シーンと撃たれちゃうシーンなんて(私が)超見てぇよ!!! なにそれ? 姜峰氏の林彪で、調子こいて馬で疾走する姿とか、撃たれて苦しみ悶えている姿とか最高だよ! かわかっこいい林彪も苦しんでいる林彪も両方いけますとも!


 ・・・・・・・ともかく、検閲官がそういうひでぇ一言を言ったのは事実だろうし、それが騎馬シーンのカットに繋がったことは疑いもないだろう。でもさ・・・・・・

 私、この『太行山上』を見たことがあるんだけど、ぶっちゃけそのシーンってそもそもいらなくね? (いや、個人的な嗜好では一番重要なシーンだけど)

 だって、この映画って八路軍総司令官・朱徳を主人公に、八路軍が太行山脈に根拠地を築き、それを磐石なものにする過程を描いた話だよ? 平型関の戦いは必要でもその後に林彪がアホやって負傷して戦線離脱するエピソードなんてどー考えても映画全体の中で必要の無いシーンだよ、そんなことまで描いていたらただでさえ長いこの映画、上映時間が軽く5,6時間は越えるよ?

 本当のところはわからないが、どうも中国の映画製作現場話を聞いていると、製作段階では検閲どころか上映時間のことも無視して、監督が撮りたいシーンはとりあえず全部撮って後で大鉈を振るってカットしまくるってやり方してんじゃないかと思えてくる。本当に監督がそもそもどうして林彪が撃たれるシーンを撮ろうと思ったのか上映された映画を見るとさっぱりわからん。

 まあ、命がけの撮影をした姜峰氏は悔しいだろうが、そもそも林彪は朱徳・スメドレーの次に出番が多く(毛沢東をはるかに凌駕する出演時間)、実質的な准主役だったわけで、かなり画期的な扱いだったと思いますよ。


 でもこのブログで一番注目すべき一言はこれだろう。

 林総が天から守ってくれたのだ。

 ちょっ・・・・・・あんたすげぇよ、すげぇ発想だよ、どういう頭してんだよ(失礼)。落ちてぶつけたのは腰じゃなくて頭なんじゃ・・・・(大失礼)。いつから林彪はそういう存在になったんだよ、自分は間違って撃たれたり飛行機落ちたりしたくせに。

 って言うか、崖から落ちた段階で林彪のご加護じゃなくて呪いなんじゃ?


 あと、最後に一言。

もし林彪が主役の作品以外、二度と林彪役はやらないと心に決めた!

 待ってて!! 私がCCTV(中国中央TV)買収してくるから! 






注釈一覧

注1『北平1949』:北平は建国以前の北京の名前。1949年に解放軍は北京を無血開城している。

注2賈慶林主席:全国政治協商会主席

注3八一映画会社:八一電影製片廠。解放軍付きの映画製作会社。戦争映画,ドラマを専門に製作する。

注4『太行山上』:朱徳を主役に初期八路軍の戦いを描く抗日映画。太行山脈は山西省東南部にあり、八路軍の前線司令部などが置かれ八路軍の抗戦の心臓部的存在となった。映画のレヴュー→『太行山上』総合案内 『太行山上』ピックアップシーン

注5:1938年、林彪は日本軍のコートを着て馬を走らせて遊んでいたら友軍である国民党・閻錫山軍の兵士に日本軍将校と誤認されて撃たれ重傷を負った。このケガで林彪は抗日前線からの離脱を余儀なくされ、その後遺症に一生苦しむこととなる。

注6映画審査員:中国で放映されるすべての映画・ドラマは検閲をパスしないと放映できない。

注7八月一日:1927年8月1日、国民党と袂を分かった中国共産党は、周恩来,朱徳,賀竜らを指導者として江西省南昌で解放軍の前身の前身である紅軍を創設する。ゆえに八一は解放軍にとって象徴的な数字であり、8月1日は健軍節となっている。

 

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