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2012年5月24日 (木)

『セデック・バレ』感想(1)

Photo


 中国でも『セデック・バレ』が公開されたので、さっそく見てきました。いやぁ、あの作品は傑作ですね。

 

 大阪アジア国際映画祭で上映されたようですが、日本での一般全国公開を強く望みます。このような良作を気軽に見ることが出来ないとしたら、それこそ日本にとっての不幸と言うべきでしょう。

 と言うわけで、台湾映画なのでこのブログ本来の紹介基準とははずれますが、思いつくままに感想を書いてみたいと思います。

  • ブログ主は抗日マニアですが、霧社事件については詳しく調べたことはありません。まともな文献に当たれないので(初学者がこうゆう歴史問題をネットで調べるものじゃない)、霧社事件についてはあえて調べないで書きます。あくまで映画の中での出来事だけに焦点を当てるという意味です。
  •  
  • 中国での放映されたのは本来2部構成で計4時間半以上あった作品を155分にまとめた編集バージョンです(おそらく内容上の理由と言うより、興行上の理由でしょう)。そのため解釈に必要な場面を見ていないこともあります。
  •  
  • 映画を見る者として致命的な欠点ですが、ブログ主は人の顔を見分けるのが非常に苦手です。特徴的な顔の人物はわかるのですが、だいたい服装や髪形の違いで見分けているので、この映画のようにみんな同じ髪形と服(民族服or軍服)でしかも一回しか見てないとかなりお手上げ・・・・・・まあ、主人公の区別はつきましたが、そういうわけで人物を取り違えているかもしれません。


というわけで以下一部(?)ネタばれ。





 この映画は日本が台湾を植民地化して30年ほどして起きたセデック族(台湾先住民)による大規模反乱・霧社事件を題材にした作品。

 映画によると、あるセデック族の部落のリーダーであるモーナルダオと周辺の6つの部落(それぞれに別のリーダーがいる)のセデック族による蜂起で、霧社という場所で行われていた運動会を襲撃し駐在警察は元より女性子供に至るまで多数の日本人を殺害。その後、山に籠もってゲリラ戦を展開し、毒ガス弾まで繰り出してくる日本軍と戦い続けたが、ついに蜂起部落1200人のうち女子供300人だけを残して戦死または自殺した(特にセデック族の女性と子供たちは男たちの戦闘の邪魔をせぬため集団自殺をしている)。


 まずこの映画で目を引くのは台湾の山奥の自然の壮大さと美しさ、そしてそこを縦横無尽に走り回るセデック族の男たちの動きや肉体の美しさであろう。

Photo_2


 いやぁ、台湾にあんな壮大かつ美しい地域があるとは知らなかった。セデックの人々の祖霊が住む場所。一部沖縄の西表島とそっくりの場所もあって、一瞬台湾と沖縄が頭の中で繋がった。

 で、この切り立った崖や山道、渓流(しかもよく雨が降って滑る)をふとももまで露出した服をまとい裸足で飛ぶように駆けていくセデックの戦士たちの動きと肉体の美しいことといったら・・・・・・

Photo_3





 さて、内容に関しては簡単にまとめられないが、ちょっと劇中での「セデック語」と「日本語」の使い分けられ方(あるいは「言語の抗争」)について触れてみよう。


 台湾は多言語社会であるが、世界的にも一つの国家内にいくつもの言語がひしめいているのは普通だろうし、しかも近代国家においては往々にして同一国家内の言語は平等ではない。マジョリティーが用いる言語とマイノリティーの言語、占領者の言語と被占領者(または先住民)の言語、公用語と私的な言語・・・・・・日本で言えば日本語(その中でも共通語と方言の階層がある)と沖縄語・アイヌ語の関係を思い起こせばいい。だいたいにおいて前者は後者を圧倒し、後者の言語はマジョリティー・支配者からの強制にせよ必要に迫られてにせよ衰退し、その使用者は前者の言語を習得せざるを得なくなる(例えば日本人はアイヌ語を学ばなくても生活できるが、アイヌは日本語を話せなければ日本で生きていけないという非対称な状況がある)

 およそわざわざ多言語の状況を取り入れた作品(特に映画など音声がそのまま伝わる作品)を作ろうとする者にとって、マイノリティー,先住民の言語を単なる珍しい風物詩の一つに扱いにするのでなければ、この言語の階層(非対称)とそれに伴う緊張感に無頓着であってはいけないだろう。さらに深く踏み込んでこの非対称さ・緊張と「抗争」をテーマにすることも可能だ。

 ちなみに私が知る作品の中でこの「言語の抗争」に最も挑発的に取り組んだ作品が沖縄の知念正真の戯曲『人類館』である。例えば戯曲中では、沖縄人に沖縄語を禁止し標準的な日本語を強制する「調教師」が登場するが、その「調教」の過程で被調教者によって「調教者」の「正しい日本語」が破壊されていってしまうといった感じだ。(これに関する名評論に新城郁夫『沖縄文学という企て』内の「言語的葛藤としての沖縄」がある。興味ある人はぜひ)


 さて、話を『セデック・バレ』に戻そう。映画を見ればわかるが、監督は相当に歴史や文化について勉強している。この言語問題に対しても無神経ではないだろう。台湾が日本の植民地になった後の映画内におけるセデック族たちの「セデック語」と「日本語」の使い分けには戦略的な意味があるのではないか、ということが気になってそこを注目点の一つとして見ていた。だが、やはり一度見ただけではなかなか深い意味は掴みかねる。それでもいくつか気になった点を上げると・・・・・・


 映画の序盤は日本が清国から台湾を割譲されたものの、それに不服な台湾現地の漢民族や祖霊の地によそ者を入れるわけにはいかないセデック族による頑強な抵抗が描かれる。しかし「台湾で最も暗黒な場所」と言われたモーナルダオたちの地もついに日本軍に占領される。セデック族にとって敵の首を狩り、その頭蓋骨を所持していることは戦士の誇りであったが、日本はそれを全部捨てさせてしまう。

Photo_4


 場面は変わって30年後、セデック族の男たちは日本の統治にも慣れ、しかも流暢な日本語を操れるようになっている・・・・・・ここはなかなか衝撃的な場面だ。時間が飛んでいるとはいえ、先ほどまでセデック語で話し、唄い、戦闘の雄叫びを上げていた男たちが、多少訛りながらも流暢な日本語と穏やかな笑顔で「お酒を買いにきました」「こんにちは、吉村さん」とか言っているのである。これを無残と言わずに何と言おう。この30年間で彼らの身にどんな変化が起こったのか、百の言葉やシーンで説明するよりも如実に分かる場面である。

 あの勇猛で最も過激に日本と闘っていたモーナルダオも、駐在の日本人警察と話す時には、実に正しく丁寧な、しかしセデック語を話していた時の躍動感に満ちた声とはかけ離れた日本語で話している。この日本語の「丁寧」さと「正確」さが痛々しい。これこそその言語が教育によって習得したものである象徴(=彼ら自信の声ではないとこ)ではないか? 駐在の日本人警察たちの丁寧とは言えない日本語と比べるとそのことはいっそう顕著になる。

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 思えば、みずみずしいセデック語で仲間達と呼び合いながらまるで翼が生えているかのようにジャングルを飛び回る姿と、正確な日本語を喋りながら地べたに座り込んで酒を飲みながら穏やかな笑顔を浮かべる30年後の姿、というセデックの若者たちの対照的な姿は何かと象徴的だ。言語と彼らのありようが連動していると言えるかもしれない。後者にはすでに翼はないのである。

Photo_5

 ちなみに主人公のモールルダオは、その日本語の丁寧さと表情の険しさがまったく一致していないあたりが、彼の中の炎を消えていないことを表しているようだ。


 しかし、彼らは(学校教育を受けている子供たちも含めて)セデック語を忘れたわけではない。セデック族の間ではセデック語で会話がなされる。こういう多重言語を扱う映画ではお約束かもしれないが、セデック語でこそ本音が語られたり、二つの言語の使い分けによってズレが生じたりという場面もある。

 ある仲間の結婚式のためにセデックの若者が猪の首を切り落とし、セデック語で「この首のように日本総督の首を切り落とせたらなぁ」と勇ましいことを言ってみなの喝采を浴びるシーンがある。しかし、駐在警察の吉村が様子を見に来ると一転して笑顔になり、先ほどセデック語で「首を切り落としたい」と言ったのと同じ口で今度は日本語で「ああ、吉村さん。あなたもどうぞお酒を飲んでいってください」と言うのである。

 おそらくこの場面で吉村は「総督の首を切り落としてやりたい」と言った若者の「声」は聞こえていても、「意味」は理解していなかっただろう。理解していれば若者を危険分子として捕らえただろうし、若者の方も吉村が理解などしていないのは分かりきっているから何事もなかったように酒をすすめるのである。

 ここで発生する「ズレ」は、吉村が支配者陣営の側であるという彼の立場を示してもいる。セデック側は日本語とセデック語を両方話せなければならないが、吉村の方は自分がセデックの地に来ているにセデック語を理解する必要はないという両者の非対称性を端的に表していると言えよう。

 吉村にとってセデック語とそれを用いて語られるセデック族の本音は意味のわからない、意味の無い単なる音であり、彼が認識できるのは日本語に切り替えた相手が愛想笑いを浮かべながら友好的な態度で接してくるという否応無く歪められた現実だけである。逆説的にもこの場で一人吉村だけが(その「声」は耳に届いているにも関わらず)真実から疎外されているのである。

 ちなみに日本人駐在警察としてもう一人、小島という男がいるが、彼は自らセデック語を学び流暢に使いこなせる「理解ある」日本人として描かれている。彼が「良心的日本人」であることは間違いないだろう。しかし、セデック語を学ぶかどうかは日本人側(支配者側)の良心に左右されているようではダメなのだ。吉村のような差別心と優越感を持っているような人間でもセデック族の地に行ったらセデック語を学ばざるを得ない、そんな状況が構築されるほうがよっぽど「対等」というものだろう。(もちろん相手の言語を喋れればいいという話でもないし、かえって円滑な植民地支配の道具にしかならない場合もあるが)


 さて、この多言語の観点から映画を語るにあたって、最も重要で最も解釈が難しいシーンが「花岡一郎」の自殺シーンである。

 花岡一郎は元々セデック族の子どもであったが、文明化の名の元に完全な日本人式教育を受け、名前も日本人名もつけられ、師範大学まで出て故郷の村で駐在警察として勤めているいる。妻もセデック族の女だが、「花子」という日本人名をつけられ二人の間には生まれたばかりの子どももいる。(花岡一郎と二郎も実在の人物である。詳しくはこちらこちらを参照)

 彼はモーナルダオから「おまえは死後に神社に行くのか、(セデックの祖霊の地である)虹のたもとに行くのか」と迫られてともに蜂起する道を選ぶ。しかし、その後男たちがジャングルでゲリラ戦をする中で、一郎は連れてきた妻子と心中をする。一郎は蜂起の際に警察官の制服からセデックの民族服に着替えたが、この心中の際には和服に着替え、セデックの伝統的な刀で日本式の切腹自殺を図るのである。

Photo_6


 その場に彼の親友である花岡二郎(彼もセデック族で一郎とともに日本式高等教育を受けた。同じ花岡姓だが血縁関係はない)が現れる。一郎は自分と同じくセデックと日本の間に挟まってともに歩み悩んできた二郎にセデック語で苦悩を語る。二郎は「腹を切り割き、その中にある矛盾をすべて出してしまえ、自分が最期を看取ってやる」とセデック語で言う。二郎の思いを受け取った一郎は心の底から搾り出すような声で「ありがとう」と最後の一言を日本語で言うのである。

 この最後の一言はセデックと日本の間で悩み続け、ついにセデック族の一人として蜂起に参加した一郎の最後の一言であり、それを受け止めるのは同じ運命に悩んだ親友である。おそらく心の底からの真実の言葉であるに違いない。それがなぜ「日本語」で語られたのか。一郎と二郎は普段お互いの悩みを二人きりで語り合う時はセデック語を用いていたにも関わらず。

 一郎が最後に二郎に対して「ありがとう」と言った理由はなんとなくわかる。しかし、その最後の一言だけが日本語で語られたわけは容易にはわからないし、おそらく安易に答えを出してはいけないことだろう。一郎と二郎の苦悩を追体験するためにも。

 アイデンティティの分裂、失語、言語の抗争・・・・・・あの「ありがとう」はたぶん幾重にも解釈できる。ただあえて言うならこれが二郎の「(切腹することで)その腹の中の矛盾を出してしまえ」という言葉に対するものだとしたら、日本の植民地状況下で生まれた二つの言語の抗争=アイデンティティの抗争を突き崩す一言であったのではないか・・・・・・と思えなくもないが・・・・・・やはりこの点はいろいろな人の意見を聞きたいところ。



 で、この映画を中国の映画館で見ていて残念に思ったのは、他の観客たちはこの多言語ものの映画ならではの上記で述べてきたようなもろもろの「しかけ」を充分に受け取ってはいないんだろうなぁ、ってこと。私が延々と多言語の話ばかりしているのも、映画館で感じた他の中国人との「ズレ」が原因である。

 だって中国人からしたセデック語も日本語もどちらも理解できない言葉だもん。全部中国語字幕で理解するものだもの。まあ、セデック語と日本語はだいぶ語感が違うので言語が切り替わったかどうかぐらいはよく聞いていればわかるかもしれないが・・・・・・。



 中国、って言ったけど、これは他のどこの外国でも同じ。もしくは日本で上映される外国映画で多言語状況を戦略的に取り入れた映画に対しても同じことが言える。

 外国ではセデック語も日本語も字幕(もしくは吹き替え!)で理解するものだから、同一の言語で表現されてしまう。だから序盤の日本軍と果敢に戦っていたシーンが切り替わってセデックの男たちが流暢な日本語を喋るというあのすさまじい落差とその無残さも、言語の「ズレ」ゆえに吉村が過激な発言に気づかないことも、ましてや一郎の最後の悲痛な一言がセデック語から日本語か、それは何故なのか? ・・・・・・なんて問題も全部あまり意味が無くなってしまうんだよ。

 なにしろ吉村の場面なんて字幕か吹き替えで表現したら

セデックの若者「この猪のように日本の総督の首を切れたらなぁ!」

吉村「なんだ、ずいぶん賑やかじゃないか」

 って、吉村さん、警察なんだから危険分子を取り締まれよって話しになるし、一郎の「ありがとう」なんて字幕になったらただの「謝謝」だよ!


 そう、ただ台湾のセデック語ネイティブと日本人以外にとっては。

 このセデック語と日本語の使い分けによって生まれるドラマ、「映画のしかけ」が充分に生きるのは、(台湾のセデック語ネイティブを除いて)日本でだけなのだ。日本人だってセデック語は字幕で理解するしかないが、言語の切り替わりが起きたシーンはすぐに分かる。それによって生まれる落差やドラマ、メッセージのこともダイレクトに感じとることができるかもしれない。

 そういう意味でもこの映画は日本で公開されるべきである(結局それが言いたい)。もちろん吹き替えにしたらすべて台無しであるけど。



 ・・・・・・え~と、言語問題だけで予想以上に長くなったので、他の気になる箇所はまた今度。(←いつ?)



おまけ1

 この映画を多言語の面から見るとおもしろいポジションにいるのが漢人商人。彼の母語は閩南語(あるいは閩南訛りの台湾語)であろうが、主要な客であるセデック族と交易するためにセデック語を使えるし、また支配者の言語として日本語も話せる。セデック語か日本語かという次元を越え、商売のために衒いなくいくつもの言語を操りつつ、その根幹はおそらく中国語(台湾語)であるらしい彼のポジションはなかなか興味深いが、いかんせん出番が少なすぎて分析不能。


おまけ2

 立ち上がった石嶺は、十七歳のままだった。正面から見つめる睫の長い目にも、肉の薄い頬にも、朱色の唇にも、微笑が浮かんでいる。ふいに怒りが湧いた。
「この五十年の哀れ、お前が分かるか」
 石嶺は笑みを浮かべて徳正を見つめるだけだった。起き上がろうともがく徳正に、石嶺は小さくうなずいた。
「ありがとう。やっと渇きがとれたよ」
 きれいな標準語でそう言うと、石嶺は笑みを抑えて敬礼し、深々と頭を下げた。壁に消えるまで、石嶺は二度と徳正を見ようとはしなかった。

 花岡一郎の最後の言葉がきれいな日本語だった件について、思い出したのが目取真俊の小説『水滴』のこの場面。

 ある日、(沖縄戦学徒隊の生き残りである)徳正老人の足が冬瓜のようにふくらみ指の先から水が滴るようになる。そして夜な夜な沖縄戦で戦死した兵士の亡霊がその水を飲みに訪れるのだが、その中には徳正の親友の石嶺もいた。死者たちが足から滴る水を飲みに来るという異常な夜が続く中、徳正は戦争中に自分が石嶺対して犯した罪を見つめ彼に謝罪する。それに対して石嶺は「ありがとう」と言うのだが、これが亡霊になった石嶺の最初で最後の発話である。

 この小説では主要登場人物たちの会話は生き生きとしたウチナーヤマトグチで行われる。にもかかわらず、石嶺の唯一のそして死んでまで発した声がなぜ「きれいな標準語」であったのか・・・・・・。奇しくも花岡一郎の最後の言葉と同じ「ありがとう」であるが、このような声の存在自体が作品を安易に解釈することを拒否しているように思える。

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コメント

中国語のDVDを観ました。
日本語とセデック語を中国語字幕で観るという点で、
ブログ主さんと同じように、
日本人としていろいろ本当に考えさせらました。

プロディーサーのジョンウーさんが言ったように、
この作品は単なる原住民の抗日暴動として以上に
グローバルな啓発を強く感じます。

初めまして。
第1部のみを見ただけなので、映画評は全部読んでいないので、的外れのことを書くかもしれません。
やはり、セデック語だったんですね。
聞きなれている中国語とは違うので、なんか、ラテン系のスペイン、ポルトガル語的な印象で、聞いていました。
(エンデングの際の、歌は中国語でしたが)
セデックも、他の滅ぼされた民族アメリカインデアン、アイヌのように、自然と融和した美しい民族だったのですね。
セデックが、折に触れて(戦いの前、祖先への敬意)などで、歌う歌が何か、他の民族と同じような感じがしました。
それと、時々、繰り返された「アメージング・グレース」に似たメロデーは、素敵でしたね。

この映画の背景は、難しい問題を持っていますが、現在の日本ー台湾の関係の安定性が、過去を十分に振り返っても良い環境を作っているんのだと思います。

第二部を見るのが、楽しみです。

 管理人です。みなさまコメントありがとうございます。
 公開が遅れてごめんなさい。

 今まったく時間が無いので無理ですが、あとで改めてお返事書きます。
 

>asa-sh さん

 コメントありがとうございます!
 そうですね、私も最初に中国語字幕で見たので思い至ったと思います。
 これに限らず、他の外国映画で標準語と地方語、多民族国家なら一国内の複数の言語の違いやそこから何かを表現しようとしている作品でも日本で放映されると言語観の違いが消去され統一された字幕になってしまうという問題は実はけっこうあるんでしょうね。字幕翻訳者にとっても頭の痛い問題だと思います。

 とりあえず『セデック・バレ』は日本でも公開されたようで、この日本語とセデック語のせめぎ合いが織りなす「仕掛け」を生かせる機会が出来て良かったと思います。


>HMさん

 コメントありがとうございます!
 『セデック・バレ』の歌は本当にどれもステキでしたね。セデックに限らず歌というのは民族の魂を表現する上でとても良いものだと思います。
 特に学校襲撃の凄惨な場面であえて女性の子守歌のような歌をBGMにしたのが秀逸でした。

 過去を振り返る上である種の信頼関係(安定した関係)があった方がいいというのはなるほどと思いました。

 第二部は戦闘場面が多くて物語としてはざっくりした感じになっていますが、ところどころに光る場面がありますよ。

暴動の直接の原因といわれているのが、1930年10月7日に日本人巡査が原住民の若者を殴打した事件である。その日、巡査は同僚を伴って移動中に、村で行われていた結婚式の酒宴の場を通りかかった。巡査を宴に招き入れようとモーナ・ルダオ(霧社セデック族村落の一つマヘボ社のリーダー)の長男、タダオ・モーナが巡査の手を取ったところ、巡査は宴会の不潔を嫌うあまりステッキでタダオを叩いた。侮辱を受けたと感じたタダオは巡査を殴打した。この殴打事件について警察からの報復をおそれた人々が、特にモーナ・ルダオは警察の処罰によって地位を失うことを恐れ、暴動を画策したと言われている[1]。

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