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2011年10月

2011年10月31日 (月)

『狙撃手』12話後半~13話 感想

 狙撃手12話後半~13話の感想です。あらすじはこちら



感想


 竜が助けてくれた大春をいきなり思いっきり殴ったのは、いろんな理由が考えられるが、やはり自分の命を助けてしまったことに対する怒りも確実にあっただろうな、と思う。あと本当にいろいろやりきれない思いがあったのだろう・・・・・・ぶつけられた大春はとんだ災難だが・・・・・・


 その後、すでに精神的にぼろぼろな竜にさらに追い討ちがかかる。

 黄河に身を投げた新兵たちの累々たる遺体が河の中にあるのを見つけてしまったのだ。

 竜は一人一人の名を叫びながら生存者を探すが、応える者はいなかった・・・・・・。

竜「李洪剛! 李全! ・・・・・・天よ・・・・・・」

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 彼の教官も長官もよくこう話していた。この種の心理的負担を負う必要はない、これは戦争だ、流血も死も勝利への道の途中にあるものだ、と。しかし、何故、このような戦争が必要なのか、何故、このような若い愛すべき命が失われなければならないのか、彼らは一度もその理由を言ってはくれなかった。(小説版P122)


 私に勧められて(笑)このドラマを見たとある知人がブログ(現在は閉鎖)でこれらの場面を「一人ではとても耐え切れない体験」と書いていたけど、まさしくその通り。ここでなぜ竜が部隊とはぐれて大春と二人にならなければならなかったか・・・・・・その理由の一つはおそらくあのまま一人で部隊に帰っていたらどっちみち竜の精神は耐え切れなかっただろう。大春がしばらくとは言え、無言で付き添い、呆然自失状態の竜を守っていた時間があったから、立ち直るのはさすがに無理でも竜の心は何とか耐えられたように思える。

 ただ、大春だって今回の件はいろいろキツイものがあったはずなのに、竜はまったくそのことに頓着していない。それどころか、自分のつらさややり場の無い感情を暴力で大春にぶつけてしまっている(TV版では2回だったが、小説版では3回も容赦なく殴っていた)。

 さすがに殴られれば大春だって殴り返すが、それでも見捨てたりはせず、むしろ彼のつらさを受け止めてやる。今回はあまりに悲惨な体験をした直後だから仕方が無いが、問題は今後も二人の関係にそのようなパターンになってしまったことだ(さすがに暴力は振るわれないが)。・・・・・・これは大春にはちょっときついんじゃないかと思う。


 ともかく二人きりになったことで竜にはちょっと救いがあったが、おかげで新兵たちの遺体を目撃してしまうという更なる打撃も受けてしまう・・・・・・しかし、石頭が奇跡的に蘇生したことで、彼の精神は何とか崩壊を免れる。もうここで竜が石頭を抱きしめるシーンが切ない。


 しかし、蘇生した石頭の中では大きな変化が起こっていた。

 竜と大春はたまたま行き会った日本兵たちを倒したが、そのうちまだ死に切れなかった一人を石頭は憎悪の感情にまかせたままにめった打ちにしてしまう。幼く純粋でけなげだった石頭を戦争はこんなふうに変容させてしまった、という所で12話は終わる。



 ともかく数人の日本兵相手に一部隊が逃げ出した国軍が逃げ出したことに怒った大春は、つい熱くなってある失言をし、竜の逆鱗に触れてしまう。

大春「大少爺、石頭も……おまえら二人とも八路軍に来いよ、なあ? おまえもあんなダメな中央軍にいるのはうんざりだろ。あんなすぐに逃げ出す連中じゃ、そりゃ戦えば負けるよな。俺らの八路軍は装備は貧弱だけど、民衆の支持を得ている常勝の軍だ。大少爺、どうだ?」

竜紹鉄「……少なくとも俺達の国軍は、「遊して撃たず」とは言われないがな」

大春「……大少爺、俺だってこんなこと言いたくないけど言わせてもらうぞ。おまえらのあの蒋委員長が掲げている『曲線救国』、あれはなんだ! 『曲線』してばっかでどこにも『救国』なんてないじゃないか! 日本軍とよりも味方同士で戦うほうが多い。……石頭、おまえも聞いたことがあるだろう。三十人の鬼子に追われて、おまえらの国軍は一師団が命からがら逃げ出したってな。それに、一千人の国軍の捕虜を連行する日本兵は二人だけだって言うのに、抵抗はおろか逃亡しようって奴も一人もいなかったとも聞いたぞ! まったく本当に中国軍人の面汚しな連中だ」

(竜紹鉄、無視して石頭を連れ歩き出す)

大春「おい、何とか言えよ。……話を戻すけど、おまえらの段旅長は確かに立派さ。抗日英雄だし、俺も尊敬している。でもあんなどうしようもない中央軍の中にいるんじゃ、天下の英雄だって遅かれ早かれ負けるさ。なにしろおまえらの中央軍は、各派で相争ってばかりで、口では抗日と言いながら実力を保存し、国家の利益を賭博の点棒みたいにしちまっているからな。こういうのを「無恥」って言うんだ。あの可哀想な学生兵たちもとんだ無駄死にだ!」

(竜、立ち止まって石頭に銃を預ける)

竜「(静かな口調で)………………石頭、持っていろ」

 この直後、竜は渾身の力を込めて大春に殴りかかり、怒り狂った大春も応戦。今までも何度も二人は対立したが、この時は互いに相手を死なせてもかまわないような勢いで殴り合った(このあたり、監督から「徹底的にやれ」と指示されてたんじゃないかと思うくらいの迫真ぶり)。

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容赦なく取っ組みあう二人


 八路軍の悪口を言われた大春は「老党員であり、老紅軍である彼には他人が自軍を誹謗することを絶対に許すことができない」といろいろ言い立てたわけだが、さすがに傷心の竜に対して言い過ぎであった。特に学生兵たちを「無駄死に」と言ったのは失言だっただろう。

 竜が大春の言うことを無視し続けたのは、彼の中央軍への批判は彼自身も心の片隅で思っていたことだからではないだろうか。しかし、さすがに学生兵のことを大春が口に出したのは我慢ができない(でも、8話であれほど必死に自分を助けてくれた大春に対してこんな振る舞いはやっぱりダメだと思うが……)


 激しい争いは結局、もう相手を撃つしかないような段階までいってしまった。

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衝動的に相手に銃口を向けてしまう二人 

 このあたり互いが互いに自分で制御できないとこまで行ってしまって、銃を向け合うに到って自分の行為に呆然とするもののそれでも銃を下ろすことができない、というのが何だかいろいろ暗示的だ。


 それでも最悪の事態にまで突き進む寸前で、竜が先に激情を収めた。その後、泣き叫ぶ竜を見て大春も改めて竜の傷と自分の失言に気づいたのではないだろうか。

 大春は信念を持ち、また考えるより先に動いてしまうことも多い人間である。そのため7話で竜を罵ったり、今回のように思わず失言をしてしまうこともある。だが、彼は冷静にさえなれば、ちゃんとあることに気づく。

 彼が、口にしたような批判を中央軍に対して持っているのも、そのため学生兵たちが「無駄死に」だと思っているのも事実だろうし、彼はまたの自分の考えが間違っているとは思わない。容易に信念を曲げはしない。だが、例え正しいことでも言ってはいけないことがあり、まさしく今の竜に対してあんなことを言ってはいけなかったことに気づいたのだと思う。だからこそ、先に殴りかかってきたのは竜であったにも関わらず、大春は別れ際に「おまえに借りができたな」という形で彼が先に銃を下ろしてくれたことに笑って礼を言ったのだろう。


 大春は今までもたびたび竜に八路軍に入るよう誘っていた。しかし、彼はそう誘うのは、この時が最後となる。

 竜のことを深く理解してしまった大春は、決して彼が段旅を捨てないことをも理解してしまったのだろう。そしてまた、竜と一緒の陣営で戦いたいとは思うが、それならば竜が国軍から八路軍へという方法だけでなく、大春が八路軍から国軍へ行くという方法だってある。しかし、大春にとってそんなことはとてもできないことであり、それは竜にとっても同じだと気がついたのかもしれない。なのに、陣営を変えるよう竜にばかり要求を突きつけていたのは不公平なことであった、と気がついたのかもしれない。


 こうしてこれ以後、大春は二度と竜を八路軍に誘わなくなり、竜もそれぞれの部隊に戻る別れの時、心中で

「彼と私の政治的立場は完全に違う」

と言う。


 だが何もそれは悲観的に考えることではないかもしれない。


 今まで竜を八路軍へ誘っていた大春は、彼を好ましく思いながら陣営が違ううちはいま一歩のところで分かり合えない(だから同じ陣営になりたい)と思い、竜も大春の好意と恩を受けながら違う陣営に属する彼にあまり心を傾けてはいけないとばかりに距離を取ろうとしていた。つまり二人とも、陣営が違ううちは通じ合えない、と思っていたふしがあるのであり、互いの距離が縮まらない理由を「政治的立場の違い」に求めていたと言える。


 だが今回、竜はお互いの違いを認めながら、同時に心中で


だが、俺が困難に陥った時に最も信頼すべき相手


と、大春への確かな信頼を語った。それは、属する陣営を異にしたまま、それでも二人が互いを信頼し好意を抱くことはあってもいいのではないか、ということに思い至ったのだと思う。
 

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何かを悟った様子で国軍に戻る竜 


 そして、それは竜と笑顔で別れ八路軍に戻った大春も同じ気持ちだったのではないだろうか。

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八路軍に戻る大春 


 二人が至ったこの考えは、相手を自分の側の論理に引き込むことなく、違いを違いのままにしていても、心を寄り添わせることは可能だということを示している。




ピックアップ場面



芥川という人物


大野「竜紹鉄の射撃がいくらすごいからと言って、奴一人に何ができるって言うんだ?」

芥川「……連隊長、中国の歴史を少し勉強すれば、そんな軽々しいことは言えません・・・・・・中国の諺にこういうのがあります。野火焼不尽、春風吹又生。野火に焼かれても草はなくならない、春風が吹く頃にまた生えてくる

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大野に中国人の不屈を語る芥川


 いつも中国人のことを腰抜けだのなんだの侮蔑する大野は、芥川がまだ何かを憂慮していることを理解できない。そんな大野に芥川は中国人が不屈であることを説くのである。


 芥川の中国人に対するこのような理解は、おそらく当時としては相当異質な観点ではないだろうか? だが実に的を射ていると言えよう。「少し勉強すれば」と言うが、彼の中国に対する理解はかなり深く、また大野のような多くの日本軍人のように中国人も中国軍も決して侮らない。さらに彼は中国で戦うに当たって歴史のみならず言葉も学んできている。

 実際、段旅内に放ったスパイに大野が不信感を覚える時も「私は中国人を理解しています。この人物は決して我々を裏切らない」とまで言ってのける。


 一見すると「親中派」と言ってもいいくらいだが、彼はその一方で決して中国に情を持ったりもしないのである。何とも複雑な人物である。また相手を対等な(そして不屈の精神を持った)手ごわい相手と認識しているため、中国軍に対して一切手加減をしようとしない。


岡崎「少佐! なんで(学生兵たちを)撃たないの?」

芥川「あの学生兵たちは完全に抵抗能力を失っている。標的に値しない」

 そして、狙撃手のプライドのためなのか彼は戦場でも未熟な学生兵たちは撃ったりしない。


 その一方で、狙撃兵の育成のため中国軍の捕虜を生きた的として使ったりもするのである。それは彼の残虐性の発露と言うより、訓練のためには生きた人間を標的にした方が効果的だという「合理的」な判断であるように見える。それはただ単に「残虐」であるよりよりいっそう恐ろしい。

 
 と、このように芥川は余人には容易に理解しがたい(そして理解を望まない)独自の規律を持っており、ただその自分だけの規律に従って動く人間であるようだ。そんな芥川がドラマの影の主役と言われ、中国でも物議を醸したのは当然であろう。


 しかし、中国人を深く理解する彼は根本的な疑問に気づかなかったのだろうか? 「野火に焼かれても草はなくならない。春風が吹く頃にまた生えてくる」というのが中国人、と言っては語弊があるなら「当時の中国の抵抗」の真髄だとしたら、そんな彼らにどう勝利するつもりでいるのだろう。彼が任務に埋没するのは、中国への深い理解とそんな彼らと戦う(決して彼らに対し勝利得ることのできない)日本軍の自分という矛盾から目をそらすためではなかろうか?




対照的な二軍


 竜と別れた後、大春は自分を探す九児たちと再会し、互いに無事であったことを大いに喜びあう。

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再会を喜びあう大春と九児たち


 その直後、場面は変わって新八旅に帰ってきた竜は生還を喜ばれるどころか、「君が戻ってくるとは思わなかった」とかえって文軒にスパイの疑いをかけられ取り押さえられる。

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帰ってきたらスパイ容疑で取り押さえられる竜 


 大春と竜紹鉄、二人の人物の置かれた環境の違いが鮮明に描かれていておもしろい。




泣き虫参謀長。


 学生兵たちの中で唯一生還した石頭は皆に生還を歓迎される。銭国良が泣いて彼を抱きしめたのはもちろん、文軒参謀長までもが、彼の肩を抱き皆の前でこらえきれず涙も流してしまう。彼もまた学生兵たちの犠牲をひどく悲しんでおり、せめて石頭だけでも帰ってきてくれたことを心から喜んでいるようである。

・・・・・・こういう場面を見ると、この人、根はすごくいい人なんだなぁ~、と思う。

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思わず泣いてでもそれを隠そうとする文軒


 まあ、その直後、あいかわらず気の立っている竜をスパイ扱いして殴り飛ばされ(笑)、

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↑のようなことになってしまうのも、まあ、文軒らしいと言えば文軒らしい。

2011年10月30日 (日)

映画・ドラマで中国語(4) 義兄弟の契りを結んでみよう!

 え~と・・・・・・もう誰もが忘れ果てているシリーズ、×ヶ月ぶりの再開です。

 別にブログ主は忘れていたわけじゃありませんが、やるタイミングがつかめなかったもので(更新の遅れ&紹介ドラマ中で適当なセリフがない)。


 ともかく、今回は実践的な言葉を覚えてみましょう。中国人、特に男性と男同士の交流をする上で知っておくと便利な「義兄弟の契り」を結ぶ時に役立つセリフを紹介します。

 「義兄弟」。『三国志』の劉備・関羽・張飛の桃園の契りを持ち出すまでもなく、「義兄弟」文化は中国の男性文化の中に深く根付いてます、何かと言うとすぐに義兄弟になります(ソースは私の脳内です)。中国で暮らすあるいは働く日本の男性諸氏はこのことを深く理解して、これぞという中国人男性と出会ったら、義兄弟になってみましょう。きっとあなたの中国ライフがより充実したものになるはずです。ちなみにブログ主は女なので特に関係ありません。

 しかしいざ義兄弟の契りを結ぶ時に何と言っていいかわからないのではかっこう悪いですよね。下で紹介するのはあくまで一例ですが、覚えておけば役に立つことでしょう。ちなみに義兄弟になる際には、他にギャラリーのいないそれなりに印象深い場所(桃園とか)で、誓いの言葉を言い合いながら用意した酒で乾杯したり(この時、中の酒が飛び散るくらい強くぶつけ合うのがポイント)指を切ったりするようです。


 紹介に使うのはTVドラマ『鉄道遊撃隊』5話より。主人公の劉洪が、幼馴染の男たちを集め、「義兄弟の契り」を結んで初歩的な抗日地下グループを結成するくだりより。

劉洪“弟兄们。上有天下有地,今天咱六位弟兄在此结义。我刘洪把酒问誓只要我刘洪有一口吃的就决不会让弟兄们受委屈”

王强“有福同享有难同当,誓死不当亡国奴”

彭亮“谁要是背叛众兄弟,五雷轰顶天诛地灭”

林忠“不求同年同月同日生,但求同年同月同日死”

小坡“我是各位哥哥带大的,你们就是我的生身父母,以后你们让我小坡干啥我就干啥”

鲁汉“洪哥,你说干啥吧,俺鲁汉决不装熊”

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・・・・・・・・ふう、あんたらも大概熱いな・・・・・・。

 それでは気を取り直してポイントとなる単語をいくつか解説。解説しなかった単語の読みは契りの場に行く前に各自で確認してください。

・结义 jie(2)yi(4)  :義を結ぶ→契りを結んで義兄弟(姉妹)になる。结拜 jie(2)bai(4) とも言い、このため義兄弟のことを结拜兄弟とも言います。

・只要・・・就~ zhi(3)yao(4)・・・jiu(4):・・・でさえあれば~する

・一口吃 yi(4)kou(3)chi(1):ひと口で。(この言葉の訳は辞書に載ってなくて困ったが、たぶん 「一口」と同じ意味。ただ、この場合「ひと口」の対象が「酒」なので「吃」ではなく「喝」のはずなのだが・・・・・・よくわからん)

・让 rang(4):人に~させる

・受委屈 shou(4)wei(3)qu(1):不満な状態に置かれる,いじめられる,くやしい思いをする,免罪を蒙る

・享 xiang(3):享受する

・当 dang(3):①(負担や責任を)負う,堪える ②(ある役目や職業に)なる,担当する

・誓死 shi(4)si(3):死に誓って、命にかけて

・谁 shei(2):誰、誰でも

・要是 yao(4)shi(4):もしも

・背叛 bei(4)pan(4):背く,裏切る

・五雷轰顶 wu(3)lei(2)hong(1)ding(3):非常に大きな打撃を受けるたとえ→この場合、厳しい制裁を与える、の意味?

・天诛地灭 tian(1)zhu(1)di(4)mie(4):天誅が下り滅びる。同じ意味で、天杀的 tian(1)sha(1)de、がある。

・同年同月同日 tong(1)nian(1)tong(1)yue(4)tong(1)ri(4):同年同月同日(そのまま)

・干啥 gan(4)sha(1):~をする

・装熊 zhuang(1)xiong(2):弱みをみせる(クマになる・・・わけではありません)

・熊 xiang(2):無能,臆病(この場合、こちらの意味に近いかな?


 単語はだいたいこんな感じ。次に句を見てみましょう。

我把酒问誓

・・・・・・いきなり「把構文」か・・・・・・。「把構文」はわけわからないですよね。いや、読む分には問題ないけど、説明するとか自分で書く時に使うとかはねぇ。

 え~と、中国語の文法は、「主語+動詞+目的語」が基本となりますが、この「把」を用いますと、「主語+把+目的語+動詞」となります。この例句も「我问誓酒」が「我把酒问誓」となります。「私はこの酒に誓う」みたいな感じですかね?

 この「把」は一定の条件の中でしか使えなかったと思いますが、その条件とは何ぞやとか、どうして順序を変えなくてはならんか? という疑問に対する説明は・・・・・・私の中国語理解力をはるかに上回るので割愛させてください。


只要一口吃的,就决不会让弟兄们受委屈

 「只要A就B」は、「Aという条件ならBをする」という中国語で頻出の文法表現です。

 この場合「A」とは「一口吃的(一口で)」であり、この前に「酒」の文字がありますので、「この酒を一気に飲み干す」ことを指します。

 「B」は「决不会让弟兄们受委屈(絶対に兄弟たちを不当に扱わない)」で、つまり誓いの酒を飲み干した瞬間から、劉洪は兄弟たちを不当に扱ってはいけないということになるわけです。

 訳する場合、「この酒を一気に飲み干した後は、決して兄弟たちを不当に扱わない」だと不自然ですので「この酒に誓う、以後、この劉洪は兄弟たちに対し決して不当なまねはしない」ぐらいでいいんじゃないかと思います。


二つの「当」

 王強の台詞「有福同享有难同当,誓死不当亡国奴」の中で「当」という言葉が二回使われていますが、この二つはそれぞれ別の意味を持ちます。

 まず「有难同当」の「当」は、「困難なことがあれば共にこれに当たる」という意味で、「苦難や責任を負う」という意味の「当」です。

 一方「不当亡国奴」で使われる「当」は、「ある役目や職業に就く」の「当」です(私が見るドラマではよく「当兵(軍人になる)」という言葉が出てくる)。この場合、「当」の前に否定形の「不」がつきますので「亡国奴にはならない」という意味になります。


干啥就干啥的

 この場合の「就」も上とほぼ同じ。ある条件下ある結果が起きることを言います。

 この場合、「干啥(みなが何かをやれと言えば)」が条件にあたり(何をやるかはこの時点でわからないので干の後に啥がつきます)、二回目の「干啥(何でもやる)」がそれを受けて発生する行為・結果となります。

 つまり「みながやれと言ったことは何でもやる」というふうに訳せばいいでしょう。

 ちなみに「就」の用法は山ほどあり

你们就是我的亲身父母

の中で使われている「就」は「限定・または強調」の「就」なのです。本当は「你们是我的亲身父母(あなた方は私の本当の父母です)」と「就」抜きでも問題無い文なのですが、「就」をつけることで、「あなた方」がどういう存在であるか=自分にとって父母も同然だという小坡の気持ちがより強く相手に伝わるのです。


そういうわけで以上を踏まえて日本語に訳すと

劉洪「兄弟たちよ、上に天あり、下に地あり。我々六人は今この時より義を結んで兄弟となる。我、劉洪はこの酒に誓って言う。以後、兄弟たちに対し決して不当な取り扱いはしない、と」

王強「喜びも苦しみも分け合う。決して亡国奴にはならない」

彭亮「もし誰かが兄弟たちを裏切れば、必ず厳しい制裁、天誅を下す」

林忠「同じ年同じ月同じ日に生まれることは叶わずとも、ただ同じ年同じ月同じ日に死ぬことを望む」

小坡「俺はここにいるみんなについて大きくなりました。あなた方はすなわち俺の本当の父母も同然です。あなたがたがやれと言ったことは何でもやります」

魯漢「洪の兄貴。あんたが俺に何かを命じたなら、俺は絶対に意気地のねぇとこは見せねぇ」

・・・・・・とまあ、こんな感じ。


 林忠の「不求同年同月同日生,只求同年同月同日死」は言わずと知れた『三国志』の桃園の誓いの台詞。訳文もそのまま使いました。せめて義兄弟の契りの際にはこれくらいは言いたいものですね。しかも日本人があえてこんなこと言ったらきっとポイントも高いでしょう。でも人気のある台詞だと思うので、複数間で契りを結ぶ際には先に誰かに言われてしまう危険性も大。

 王強の「有福同享有难同当」とはつまり結婚式の「病める時も健やかなる時も」的な何かです(違う)。もし複数間ではなく、一対一で義兄弟の契りを結ぶ時に使うととってもロマンチック。

 彭亮の「谁要是背叛众兄弟,五雷轰顶天诛地灭」は、いわゆる兄弟の義を裏切るものは許さないという宣言ですが、義兄弟関係を結ぶ相手やなぜ義兄弟関係になるかの趣旨(マフィアとか)によっては裏切ると本当に死の制裁を受ける危険がありますので、裏切りはやめましょう。ちなみにこの台詞を契りの場で言うと覚悟のほどを認めてもらえるかもしれませんが、いざという時裏切り者を粛清する役が回ってくることもあります。

 また、やや時代がかった台詞や「上有天下有地」「有福同享有难同当」「不求同年同月同日生,但求同年同月同日死」などのように似たような言葉を重ねたり、前後が対の意味になるような台詞を言うのも定番のようです。


 というわけで「義兄弟の契りを結ぶ時に役立つ中国語」でした。・・・・・・まあ、今時ここまで仰々しい儀式をするのは黒社会やら反政府組織やらくらいかもしれませんが、もしそういうのに参加したい人の参考になれば幸いです。


※ちなみに現代では「心の兄弟」的な義兄弟(?)が一般的なようです。先日、とある中国人男性が自分の大学時代の先輩のことを語っていたのを聞いたのですが、彼はこう言いました。

「その人と出会った時、ああこの人は私の兄さんだ、と思った」

 ・・・・・・そうですか、そうなんですか、そうなんですね? 私が心の中で悶えていたことはナイショです。

2011年10月21日 (金)

コメントレス(10月30日追記)

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2011年10月19日 (水)

『狙撃手』12話後半~13話 あらすじ

12話あらすじ


※国軍=青,八路軍=赤,日本軍=緑で示しています。



 段旅に大勝したことを喜ぶ
大野だが、竜紹鉄を逃してしまった芥川はとても勝利に酔う気にはなれない。


 助けられたものの竜紹鉄はあまりの悲惨な体験と自身が生き残ってしまったことに呆然とし、思わず
大春を殴りつけ、二人は取っ組み合いの喧嘩をしてしまう。

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やりきれなさを大春にぶつける竜紹鉄


 それでも二人は行動を共にし自分達の部隊を探すが、逃亡兵狩りをしていた友軍の晋綏軍に捕まってしまう。逃亡兵と間違えられた二人は即決で銃殺に処せられそうになり、大春は抵抗するが自暴自棄になっている竜は殺されそうになってもなんの反応もしない。

 しかしかつて段旅から逃げ出し今はこの部隊に属していた方儀球が、機転を利かせて二人を助ける。大春は中央軍が友軍の危機は見殺しにするくせに逃亡兵狩りには力を入れていることを非難し、方儀球は自分もそれに納得できないと言って二人を見送る。

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処刑されそうになった二人を救う方儀球


 大春の行方を探す
九児たちは芥川の攻撃を受けるが、謎の狙撃手に救われる。しかしその狙撃手は姿をくらましてしまった。

 大春は消耗しきっている竜紹鉄を休ませるが、竜は悪夢に苛まれ眠ることもできない。

 大野はあいかわらず竜紹鉄にこだわる芥川に「彼一人に何ができる」と日本軍と中国軍の圧倒的戦力差を語る。しかし芥川は「中国の歴史を知っていればとても軽々しくそんなことは言えない」と言い「野火に焼かれても草は春になればまた生えてくる」という中国のことわざを口ずさむ。


 
蘇雲暁は自軍の惨敗の様子にショックを受けるが、文軒は互いが無事であったことを幸せと思おうと言う。

 段旅長は今度の戦役の惨敗の責任を問われて上部に呼ばれ、文軒は「我々は充分勇敢に戦った」と旅長を慰め、上部の公平な判断を求める。一方、彼の元にも例え間違った人物を殺しても必ず内部のスパイを粛清するようにとの重慶の軍統上部から厳命がくだる。

 蘇雲暁は一人、教会で祈りをささげる。


 竜紹鉄と大春は川辺で投身自殺をした夥しい学生兵たちの累々とした遺体を見つけてしまう。

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河に転がる学生兵たちの無残な遺体


 二人は生存者を探すが皆息絶えており、竜紹鉄は泣き叫ぶ。さらに
石頭の死体を見つけて竜は絶望を極めるが、奇跡的に石頭は息を吹き返した。竜紹鉄は石頭を抱きしめながら、河の中の学生兵たちにこの仇はきっと討つと誓い、彼らのために墓を作る。


 引き続き部隊を探す竜紹鉄ら三人は大慌てで逃げて来る友軍の小部隊に出会う。彼らを追いかけていた三人の日本兵を竜と大春は倒すが、そのうち瀕死の一人を石頭は般若の形相でヘルメットで滅多打ちにする。戦争によって変わってしまった石頭を竜紹鉄は呆然と眺める。



13話あらすじ



 たった3人の日本軍に一部隊が逃げ出した醜態に、
大春国軍のふがいなさを責め、竜紹鉄石頭八路軍に参加するよう誘う。竜紹鉄はそれを無視し続けるが、「死んだ学生兵たちが哀れだ」との言葉が彼の逆鱗に触れ、銃を石頭に預けると突然大春を殴り飛ばす。

 そのまま猛然と大春を攻撃し、二人はお互いを殺しかねないほどの激しさで取っ組み合い殴りあう。その争いの果てに、二人は思わず銃に手をかけ、同時に銃口を向け合ってしまう。自分たちでも思いがけない行為にお互い呆然としつつも、銃を下ろすこともできない。

 しかし寸でのところで、竜紹鉄は銃口を空に向けて撃って激情を収める。その場に崩れ落ちた竜は「日本軍に対してこんなにぶざまな自分達には罪がある」と泣き叫ぶ。大春も銃を下ろし、やりきれない口調で「俺たちは誰もこの責任から逃れることができない」とつぶやく。

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「我們有罪!!」と泣き叫ぶ竜紹鉄


 それぞれ部隊に戻るための別れ道まで来た竜紹鉄と大春は、無言でしかしすべてのわだかまりが無くなった顔で見つめあい別れる。竜紹鉄は心の中で「俺達の政治的立場は完全に異なる。おそらく一生涯、同じになることはないだろう。だが俺が困難に陥った時に、信頼すべきは彼らなのだ」と大春への確かな信頼感を語る。



 大春は
九児らと再会し、互いの無事を喜び合いながら八路軍へ戻る。

 一方、竜紹鉄が段旅に戻ると銭国良を始め皆が石頭の生還を喜び、文軒も思わず涙を流す。だが、文軒はスパイと疑う竜紹鉄に対しては「この惨状はおまえが望んだことか」とぶつけ、激怒した竜は文軒を殴り飛ばして取り押さえられる。しかし、蘇雲暁が彼がスパイ活動を働いたわけではないという証拠を出し、彼を解放させる。


 戦区への敗戦の報告から戻って来た
段之凡旅長は、段旅の存続が許されたことを皆に告げる。戦死した学生兵たちのために追悼会が挙行され、生き残った者たちはこの仇を取ることを誓う。


 
芥川は日本軍にも優秀な狙撃手を育てる訓練を始める。その訓練で、「彼らは軍人ではない、人でもない、我々の敵だ」と言って捕虜を射撃練習の生きた的として使う。捕虜たちは反抗するが、全員射殺されてしまう。

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日本兵の射撃訓練の生きた的にされてしまう捕虜たち


 竜紹鉄は蘇雲暁が自傷行為をする現場を目撃し、何故こんなことをするかと問い詰めるが、蘇雲暁は答えない。ただ、「あなたの知っている小雲はすでに死んだの」と言う。


 八路軍は
皇室出身の中将が日本軍の激励のために戦区にやって来ることを知る。林団長は大春に、彼を殺し日本軍の士気を挫く任務を与える。大春は竜紹鉄にも協力を頼みたいと提案し、林団長は喜んで同意する。

 竜紹鉄も八路軍に協力することを快諾するが、身辺につきまとう文軒の部下が煩わしい。これが今度の任務の妨げになると感じた竜紹鉄は文軒の所へ行き、任務のため彼の部下の張脆を借りたいと申し出る。自ら監視人をつけようとする提案に文軒も同意する。


 段旅再建のための兵員募集に応じて
方儀球がやってくる。しかし、以前段旅から逃亡した罪を問われ、彼は憲兵に捕まって銃殺刑に処せられそうになる。竜紹鉄と石頭は何とか彼を救おうとし……

2011年10月13日 (木)

『狙撃手』11話~12話前半 感想

感想  



 とりあえず、11話から12話の前半まで。



 11話~12話は、中国軍が空前の大敗北を期した中条山戦役を舞台にしており、そこで描かれた戦場の様子はこのドラマの白眉であり、監督の力の入れようが伝わってくる。


私はそう思うゆえに、ある希望をこの作品のテーマに込めた。それは、私たちに必要なのは平和であり,戦争はいらない,武器を捨てよう、ということだ。このような反戦の心を持ってテーマと向き合い、それをテーマにこめた。(
http://ent.qq.com/a/20090928/000429.htm


 これは高希希監督がインタビューで語った『狙撃手』のテーマである。「反戦」を表現する方法は多くあり、監督はその一つとして<白兵戦>を描くことに徹底的にこだわったように思える。


  今までも2話~3話の塹壕での銃撃戦においても「戦場の狂気」はうまく描かれてきた。しかし、姿が見えない相手に向かって塹壕の中から行う銃撃戦は、まだしも一片の「正気」が残っていた。そこには例え圧倒的な恐怖に支配させられている場であっても、個人の資質によって「勇気」「愛国心」「信頼」などの逆境に発揮されてこそ崇高な感情が入り込む余地がかろうじてあった。 

 しかし、監督は<白兵戦>を銃撃戦や塹壕戦とは徹底的に異なるものとして描きだす。そこには一片の「正気」もない。「人間性」もなければそもそも「個人」さえもないし、中国軍と日本軍の区別さえもない。


 そこには、ただ目の前の相手と殺しあう獣がいるだけである。


 <白兵戦>と言うと、銃剣で刺突するというイメージがある。しかしドラマ中ではむしろ銃の底で敵の頭部を強打する場合が多い。実際はどうなのか知らないが、なるほど、そうして見ると銃剣で刺突よりもよっぽど現実的な攻撃方法に思えるし、現実の戦場でもそうであるように思えてくる。そして、刺突よりもさらに原始的で野蛮であり、それこそが「戦場」であるようにも。

 殺し合いは銃剣を用いるだけはない。相手を投げる、組み敷く、殴る、首を絞める・・・・・・ありとあらゆる野蛮な方法が画面狭しと繰り広げられる。

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取っ組み合いで相手を絞め殺そうとする中国兵と抵抗する日本兵

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火だるまになりながらも相手を離さない兵士たち

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相手の剣で首をはねようとする中国兵と抵抗する日本兵

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 銃剣を落とし必死にそれを拾うとする石頭。だが寸でのところで拾わせまいとやはり必死な敵に足を捕まれ引きずられていく。

 またある者は腕を切り落とされ、ある者は頚動脈を切られ、敵を追い詰めたと思いきや逆に背後から切りつけられ、あるいは自らの身体が炎に焼かれているのも失念しているかのように妄執的に相手につかみかかる・・・・・・。


 そんな場面がひたすら延々と続くのである。


 それはまず何よりも視聴者に生理的嫌悪感を起こさせるだろう。 

 そう、それこそがきっと、監督のメッセージなのだと思う。

 人と人とが殺しあうとはかくもキモチワルクおぞましいものなのだと。


 今までも相当つらい目にあってきた竜紹鉄だが、今度はまた格別の打撃であっただろう。本当に、製作側は徹底的に主人公を痛めつけるつもりなんだなぁ、と言うのもよくわかる。

  今まで人との関わりを避けてきた竜紹鉄は、新兵たちを戦場から生還させるため、自ら教育係となり彼らを鍛える。それは、彼らに対して愛着を持ち始めている自分を自分でも意外に思うほどの変化であった。


 しかし、彼の努力と想いはすべて水泡に帰す。


 前線の壕で待機を命じられた新兵たちは戦闘参加を望み、追い詰められた司令部も彼らを戦闘に投入することにする。しかしこの期に及んでそれを聞いた竜紹鉄は「やめてください! 彼らをみんな死なせるつもりですか!」と言うのである。すでに日本軍に完全に包囲されている状況で戦おうと戦うまいと彼らが死ぬのは確実だというのに。

 そして新兵たちの元へ駆けつけた竜の横を(しかし彼はいったい駆けつけてどうするつもりだったのだろう?)雄たけびをあげながら新兵たちが駆け抜けて行く・・・・・・ただそれを呆然と見送るしかない竜はまさしく無力そのものだ。

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自分の横をすりぬけ突撃していく新兵たちを呆然と見守る竜


 しかも新兵たちは結局日本軍に敵わず崖に追い詰められ、石頭を初めとして次々と黄河に身を投げてしまう。

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 竜紹鉄はその場面をもしっかり見てしまった。


竜紹鉄は石頭と新兵たちが黄河に身を投げる悲壮な場面をはっきりと見た。彼は狂ったように銃剣を振りかざして敵陣に突入し、最後の気力を振り絞って鬼子と戦う。目の前に血が飛び散り、彼は心中で念じ続けた。 「好兄弟、俺は来たぞ! 石頭、俺は来た!」(小説版P115)


 彼は完全に死ぬつもりだった。しかし寸でのところで八路軍と大春に救われてしまう・・・・・・。



 11話と12話の戦場シーンは、本当は言葉では語れない。このシーンだけでも何とか見てもらいたい、と思う。・・・・・・もっとも、あまりにむごたらしいシーンが延々と続くので、覚悟しないと(しても)相当の精神的打撃を被るだろう。

 日本では同じ頃、『坂の上の雲』のドラマの日清戦争の戦闘シーンが話題になったが・・・・・・私は見てないけどネットで評判を聞く限り、迫真と言われるその戦闘シーンも『狙撃手』には到底及ばないように思える。・・・・・・て言うか、これ日本だったら確実にR12指定くらいは受けるかな?



 それにしても(繰り返しの写真になるが)、惨敗した戦場で高らかに詠う↓の兵士の図が一枚の絵画のようで本当にすばらしい。

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2011年10月 9日 (日)

『狙撃手』11話~12話前半 あらすじ

※『狙撃手』の11話~13話の紹介ですが、このあたりは11話&12話と13話&14話というふうに通常のパターンで解説するのが内容の連続性上ちょっと不適当な回となっています。かといって1話ごとに紹介していくのもこれまた話がぶったぎられてあまり良くないんですよね。と言うわけで、ちょっと反則気味ですが、この3話を一応のくぎりがつく11話~12話前半と12話後半~13話というくくりで紹介していきます。ちなみにBLバージョンの解説は11話~13話を3話まとめて行いないます。




11話 あらすじ

 林団では、日本軍が準備中の夏季攻勢は空前の規模の会戦になる見込みで、特に段旅を壊滅させることに力を入れてくるだろうとし、そうして中条山地区国軍を瓦解させた後、八路軍に本格的な掃討をかけるつもりだと分析する。

 大春はこの間から仲違いをしていた九児と関係を修復する。一方、竜紹鉄石頭を連れて大野連隊本部の偵察に行くが、彼が偵察に出た情報までスパイによって日本軍に漏れており急いで引き返す。文軒は竜の行動を問題視し、銃を没収する。

 新兵の訓練をする竜紹鉄は「実弾演習をしなければ彼らに戦場の何たるかを教えることはできない」と言い、何とかして演習用の実弾を支給してくれるよう段旅長に頼みこみ、段旅長は無理を重ねて実弾を用意する。

 芥川は竜紹鉄が生きていることを知り驚愕する。また彼が訓練した新兵たちは必ず日本軍の脅威となるだろうと言い、訓練が終わる前に段旅を攻撃するよう提案する。段旅内のスパイに不信感を抱く大野は渋るが、芥川は「この人物」は絶対に信頼できると言い張る。

 竜は新兵たちに射撃訓練を施しながら、今まで他人に関心を持たなかったのに彼らに対して愛着を持つようになった自分の変化に驚く。そして彼らを生還させるため、少しでも多くの訓練の時間が欲しいと切に願う。

 だが日本軍は行動を開始し、二日後には会戦が始まることとなり、新兵たちも予備兵として前線で待機することとなる。竜紹鉄は文軒の部下の張脆から銃を奪い返し戦闘に備えるが、文軒によって旅本部と行動を共にするよう制限を受ける。蘇雲暁は彼の負担を減らすため「彼らは自分達で望んで兵士になった。あなたが過剰な精神的負担を負う必要はない」と言う。

 ところが日本軍は国軍が掴んでいた情報より7時間も早く侵攻を開始、それと同時に段旅本部も空爆を受ける。遅れをとった段旅も各部隊を陣地に入れるが、すでに3倍の兵力で包囲されてしまっていた。

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圧倒的に不利な状況で戦う段旅

 段旅長は友軍に救援の電報を送り続けるが、援軍が来ることはない。自軍の実力を温存し、味方を見殺しにする友軍を段旅長は罵る。芥川は岡崎らを伴って前線司令部に近づき段旅長を狙撃しようとするが、竜に気づかれてしまう。

 前線の壕で待機する新兵たちは戦闘を望むが、班長の石頭は皆を押しとどめる。

 晋綏軍など他の国軍が段旅を救援しないことを知った林団長は、彼らを救うため八路軍を動かすことを決める。

 芥川と銃撃戦を繰り広げる竜紹鉄は、またしても危ないところを謎の狙撃手によって助けられる。前線司令部では、新兵たちを戦闘に参加させることが建議される。竜は反対するが、すでに日本軍に包囲されている状況下で彼らに入隊した本分を遂げさせようと段旅長は参戦の許可を出す。

 新兵の教官が彼らに「投降を選ぶか戦闘を選ぶか」と問うと、みないっせいに戦闘を望む。教官は一人でも多くの日本兵を倒すよう命じ、銃剣を装備させて突撃命令をくだす。駆けつけた竜紹鉄は新兵たちが突撃するのを呆然と見送る。

 戦場で凄惨な白刃戦を行う石頭たち。

 芥川は闇雲に戦う新兵は相手にせず、「標的にふさわしい相手」として竜紹鉄に狙いを定める。竜もまた同時に芥川を撃ち、二人が発射した弾丸が空中でぶつかり合い溶解する……。




12話前半あらすじ

 必死に電報を送り続ける段旅長に対して、戦区長官から明け方まで持ちこたえるようにとの返電が来る。しかし今の段旅にとってそれは玉砕の命令に等しかった。

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もはやこれまでと、命と引き換えに一人でも多くの日本兵を葬ることを誓い合う司令部

 段旅長は戦区長官と最高軍事委員長宛に別れの電報を打たせた後、電源を切り、司令部の皆と命と引き換えに日本軍を葬り去ることを誓い合い、自ら白兵戦に参加する。

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段旅長も参加し最後の突撃

 戦場では石頭たちと日本兵たちがまるでけだもののような殺し合いをしていた。

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鬼の形相で日本兵を刺殺する石頭

 竜紹鉄もすでに白兵戦へと移っており、芥川は再び彼を狙うが、敵味方が入り乱れすぎているため撃つ事ができない。

 石頭たち学生兵は黄河の断崖絶壁に追い詰められる。

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崖っぷちに追い詰められた学生兵たち

学生兵たちは黄河のかなたに向かって「父よ母よ あなた方の子は祖先に顔向けすることができます!」と叫び、次々と黄河に身を投げていく。

 段旅長はもはやここまでと銃で自殺を図るが、銭国良に止められてしまう。その時、両軍の虚をついて八路軍が戦場になだれ込む。九児は段旅長を救出し、八路軍は日本軍の包囲網を破って段旅の退路を確保する。

 大春は突然のことに呆然とする竜紹鉄の元へ駆けつけ、彼を連れて逃げる。芥川は慌てて二人を追うが、大春は憎悪のあまり追ってくる日本兵と戦おうとする竜を力ずくで押さえつけ茂みに隠れてやり過ごす。しかし二人はすっかり自分達の部隊とはぐれてしまった。

 凄惨な戦いが終わった戦場では、生き残った無名の兵士たちが身を寄せ合い、高らかに不屈の心を詠う。

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ぼろぼろになりながらも立ち上がり、高らかに詠う無名の兵士たち

2011年10月 8日 (土)

『鉄道遊撃隊』6話~7話 感想

感想


『鉄道遊撃隊』6話~7話の感想です。あらすじは
こちら



 う~ん、何と言ったらいいだろう。あいかわらず安定した面白さをキープしたドラマ。もう、「義和炭焼き場」開業のくだりなんか、ワクワク感が物凄いのだが・・・・・・そういうのはやっぱり実際に見てもらわないとわからないだろうな、と思う。このワクワク感を言葉で伝えるのは困難だ。それでも少しでも伝わるように、がんばって書き出してみよう。


 度重なる列車襲撃でそのような事態を許した失態を上官から批判された岡村は、棗庄の停職に就いていない男達を洗ってみることに。抗日地下組織のリーダー、近隣の荒くれ者どもの親分とはいえ、
傍から見たら王強の家に居候している穀潰し無職男の劉洪の元へも当然岡村が調べにやってくる。

 その時は王強の対応で事なきを得たものの、このままブラブラしているだけでは疑われる、と劉洪は商売を始めることにする。しかも商売をすれば日本軍の疑いを避けられるだけでなく、稼いだ金は抗日活動に利用できると一石二鳥なわけだ。


 しかし、商売を始めるにも金がいる。
と言うわけで、劉洪は三度日本軍の輸送列車から物資を奪いそれで儲けた金を元手にすることに

 しかも今度の物資奪取は今までとは規模が違う。新しく仲間に入った黄喜二の親戚である張駅長に協力を頼み、さらに「洋行」の労働者たちや近隣の若者たちまで荷物の運搬役として参加。

 それにしてもいつの間に「洋行」の労働者たちに事情を打ち明けたのか。彼らも劉洪と王強は「漢奸」と思い込んでいただろうから、実は日本軍の輸送列車ドロをやっていた、と知って二人を見直したことだろう。彼らが協力を承諾した場面は描かれていないが、日本軍に一泡吹かせられる&手伝った報酬に魅かれてきっと快諾したことと思われる。



 決行当日、張駅長は当直の日本軍士官を酒に誘い、女の子の存在もちらつかせ、そしてあっさり職務放棄して酒を飲みに行く日本軍士官。

 今回は必ずしも<爬車(走っている列車に飛び乗る)>が得意でない者たちもいるということで、まずは<爬車>名人の劉洪と彭亮が先に飛び乗り機関室へ。張駅長から話を聞いていた運転手と石炭をくべる男は二人を歓迎、運転手は彭亮に運転を代わらせる。彭亮はわざと列車のスピードを少し落とし、仲間たちが飛び乗りやすくしてやる。

 闇の中からいっせいに列車に向かって走り出し、次々飛び乗る男たち。BGMの「爬車のテーマ」(←私が名付けた)とあいまって、このシーンの痛快ぶりがものすごい。何回見てもワクワクするシーンだね。

Cap1313

闇の中から次々列車に飛び乗る男たち

 彼らが飛び乗り、次々物資を列車の外へ落としている車両からすぐ近くの車両には日本軍が乗り込んでいるわけだが、その数メートル先での大胆の犯行ってのもおもしろい。列車のわずかな陰から日本軍の様子を見張る王強の緊張感が、視聴者に伝わってくるような作りもいい。

 そういうわけで、奪った物資で大もうけした劉洪らはその金で「義和炭焼き場」を開業。鳴らされまくる爆竹、華やかな楽隊・・・・・・と、このシーンは「へぇ~、新規開業のお祝いってそうやるんだ」と当時の風俗もわかって興味深い。

Cap1316

たぶん時代考証のきっちりした開業シーン

 と、同時に劉洪と仲間たちが大っぴらに結集する拠点ができたわけで、こういう「場・拠点」がドラマ中に存在するのもポイント高いと思う。冒険活劇モノではこういう「特別な場所」は必須要素だと思うんだよね。

 そして棗庄には、「義和炭焼き場」と対立する意味で、もう一つ重要な「場」として「洋行」とがある。小説『鉄道遊撃隊』の国民的大ヒットによって、「義和炭焼き場」と「洋行」、そしてそれらを包括する舞台である「棗庄」という地は、ある種の特権性を帯びる伝説的・伝奇的な地となった。ちょうど『水滸伝』の「梁山泊」が単なるある特定の場所の地名というのに留まらず、特別な意味を帯びた地になったのと同じように。(う~ん、やっぱりこのへんうまく説明できないな・・・・・・)


 さて、その後も劉洪一味は昼間は炭を焼いてそれを売り、夜は機会を見ては日本軍の列車から物資奪取という日々を送ろうとするが、さすがに日本軍も輸送列車の警備を厳重にし、劉洪たちは自分たちにはまずもっと武器が必要だった、と考えるようになる。

 ここで林忠が、国民党の兵士が武器を横流ししているのを知っているのでそれを買うことに。国民党、と言うから、第一話で劉洪が助けたあの乙男(おとめん)っぽい士官が出てくるのかと思ったが違った。・・・・・・おいおい、彼の再登場を待っているのに、いつになったら出て来るんだよ。早くしないと劉洪に忘れられちゃうぞ。

 ともかく、開業資金を得るために列車ドロしたり、開業して働いたり、武器が足りないことに気づいてそれを調達したり・・・・・・と、一つずつ問題をクリアし足りないものを補いながら彼らが少しずつ力をつけていくのが見ていてわかる。こういう一歩一歩基礎を固めていくのが大切なんだよね・・・・・・ちょっと何かに似ていると思ったらあれか、ドラクエとかでモンスター倒してレベルアップしつつ、稼いだ金で武器とか買い集めていくのに似ているのかも。



ピックアップ場面

 張駅長や「洋行」の仲間たちも手伝っての大規模な物資奪取の時のこと。

 仲間達に先立って列車に飛び乗り、機関室に現れた劉洪と彭亮を運転手や石炭夫は歓迎し、呉運転手は運転席を変わってやる。

石炭夫「やあ、亮の兄貴」

呉運転手「おお、亮か」

彭亮「呉さん、あなたは休んでちょっと俺に運転させてください」

呉運転手「おまえと来たら、また俺の列車から荷物をちょろまかそうってんだな」

彭亮「仕方ありませんよ。兄弟達が飢えているんでね、協力してくださいな」

 事前に話がついていたとはいえ、まるで友人が家に遊びに来た感じで彭亮を迎える二人がいいね。しかも呉運転手の「また俺の列車から荷物を~」というセリフは笑いながら言っているんですよ。彼も運転手という立場とは言え、それ以上に彭亮たち、列車ドロで食ってきた貧乏人たちと心は一つなのだろう。食うために(今回は抗日のためだが)<爬車>の兄弟たちが自分の運転する列車から貨物を盗んでいくのを今までもずっと黙認していたようだ。

 さて、呉運転手は今回は黙認どころか、操縦室にまで来た彭亮に運転席まで譲ってやる。彼は彭亮が小さい頃から運転手になりたかったのを知っていた。

呉運転手「おい、亮。おまえはガキの頃から運転手に憧れていたよな。なのに去年小鬼子(日本軍)が運転手の募集をかけた時、なんで来なかったんだ?」

Cap1314

彭亮「ふん、どうもこうも! 日本兵の顔を見てイライラしながら過ごすより、<吃二条(列車ドロ)>の方がよっぽどましだからさ」

呉「そうだな、俺だって女房子どもがいなかったら何を好き好んで日本軍の下で働くかってもんだ」

彭亮、笑い出す。

 このシーンもけっこう好きだ。家族のこともあって抗日闘争に参加できず、日本軍の占領下で働く人も、劉洪たちと気持ちは一つでやれることをやっている。


 さて、こうして稼いだ金で「義和炭焼き場」が開業され、劉洪が社長,「洋行」を辞めた王強が副社長となる。「洋行」社長の金山も王強の退職を残念に思いながらも、「義和炭焼き場」の開業祝いに駆けつけ、ちゃっかり王強と商談。

王強「もう俺は「洋行」で働けませんが、これからは滑子が俺の代わりを務めますから大丈夫ですよ」

金山「滑子は単に苦力の管理ができるだけだ。私が必要としているのは、王さんのような頭の回転が早く、私の金儲けを手伝えるような人材なんだがね」

王強「社長、実を言いますと、私こそあなたに学んだのですよ。あなたの頭の良さには恐れいります」

金山「王さん、そう褒めるな。今後、君達の炭は「洋行」がすべて買いとろう」

王強「おお・・・ヨシッ! ヨシッ!(この部分日本語)。社長、感謝いたします!」

 ますますしたたかさに磨きがかかった王強。この時の二人の顔は「へへへ、三越屋お主もワルよのぉ」「いえいえお代官さまこそ」みたいな顔だったよ! 王強さん!

 しかも「洋行」との結びつきを強めておくのは、単に商売上有利になるだけじゃなくて、日本軍の猜疑からかばってもらうためでもある、というわけだ。

 さて、そんなこんなで「義和炭焼き場」の商売は繁盛したものの、劉洪は稼いだ金の多くを抗日の資金として貯金する。事情を知らない(!)魯漢たちは、儲かっているわりには自分達の給料が少ないことに疑問を持ち、さらに賭博上や酒場に出入りしては特務隊と問題を起こしかけていることを劉洪に怒られ、ついに切れてしまう。

魯漢「洪兄貴! あんたは社長だ。だからいいタバコ吸っていい酒飲むのもいいだろうさ。だが、王強はなんだ!? あいつまでいいタバコといい酒楽しみやがって」

黄二喜「洪兄貴。魯の兄貴の言う通りだ。俺たちにも経営がどうなっているかはっきりさせてくれよ」

林忠「そうだな。経営は公明正大にしてくれ」

劉洪「・・・・・・おまえら、言いたいことはそれで終わりか? あっ!?(劉洪、引き出しから札束を取り出し投げつける) タバコが吸いたいならもっていけ!! 俺のやり方が不満な奴は出て行け!!」

みな「・・・・・・」

王強「・・・・・・老洪。言うことが気にくわないからって彼らは兄弟だぞ。そう怒るな。・・・・・・兄弟たち、今後俺がいいタバコや酒を手にいれたらおまえたちに渡すよ。ただ、これだけは忘れないでほしい。俺たちが兄弟の契りを結んだ時のことを。(劉洪を見る)」

劉洪「・・・・・・俺たちはみな、ともに育った兄弟だ。一緒に石炭がらを拾ったり、炭鉱にもぐったり、列車に飛び乗ったりしてきた。一日だって腹の減らない日は無かったな。今は、日本軍の支配化で、また俺たちは一緒に仕事をしている。何のためだと思う? 大儀を成すためなんだ。・・・・・・おまえたちは俺がここを出て行ってから何をしていたか知りたがっているだろ? 今日、それを教えよう」

王強「老洪!」

劉洪「ここにいるのは兄弟たちだ。彼らは知る権利がある」

王強「・・・・・・」

劉洪「俺と王強は、山区の八路軍だ」

みな「!?」

劉洪「今回戻ってきたのは、部隊を組織して日本軍の鉄道輸送を破壊するため」

 ついにみんなに正体を明かした劉洪・・・・・・ってそういう超大事なことはもっと早く言えよ。・・・・・・え、俺らいつのまにか八路軍? ってみんな思うよ!

2011年10月 1日 (土)

まさかの『建党偉業』日本公開(10月2日追記)

・・・・・・おかしい、今日は建国記念日でここは中国のはずなのに、そんな気配がまるでない・・・・・・。

 いえ、国慶節の休みには突入しているんですけどね。TVをつけてもそれらしいことを何も言ってないし、街にもそんな気配が微塵もない。

 ちょうど建国60周年の頃に住んでいた広東省の深圳市は、国慶節が近くなると裏町の洗濯物干しのごとく国旗を飾りまくって町中真っ赤にしていたのだが。今住んでいる街では国旗を掲げている店なんて一軒くらいしか見てない。・・・・・・まあ、2年前は60周年だし、そもそも深圳の隣の広州も全然国旗飾ってなかったんで深圳が特別だったのかもしれん。


 さて、9月は何かと怒涛の日々が続き、まるで1ヵ月で3ヵ月くらい経過したような気がして、たぶんまだ忙しい日は続くのですが、昨日今日はちょっと時間ができたので久しぶりに中国映画・ドラマ情報をネットで漁っていたら、驚きの情報が・・・・・・。




 
建党偉業』、まさかの日本公開!!

http://cjiff.net/movies/movie_beginningofthegreatrevival.html(『建党偉業』ページ)

http://cjiff.net/index_jp.html(中国映画週間TOP)


 これには驚いた。確かに、この「中国映画週間」という映画祭は、以前も『建国大業』を上映しましたが、なんとなく『建党偉業』の日本公開は無いと思っていたのですよね。だって『建国大業』の時代よりさらに知名度の低い時代ですし、話の規模も小さいですし、映画祭側も『建国大業』でいろいろ懲りてそうだし(『建党』は『建国』より映画としてのデキははるかに良いのですが、やっぱり前作の『建国』がアレすぎて)。

 う~む、上映は10月22日と25日の2日間だけのようですが、上映場所である東京近郊ですでにわざわざ『建党』のDVDを取り寄せて見てしまった人は残念でしたね(何人か知っています)・・・・・・専門ショップからDVD買うのと映画代、どちらが高いだろう?


 って言うか・・・・・・
邦題『赤い星の生まれ』ってどういうセンスしているんですか!? 邦題考えた人、ちょっと体育館の裏に来てほしい。 せめて内容に合わせて『中華民国初期十年』にしろとあれほど(略)

 まあ、この映画祭はかつて『十月囲城』に『ボディーガード&アサシン』というミもフタも無い邦題(?)をつけた前科がありますからね。後に商業公開される時に『孫文の義士団』というややまともなタイトルになりましたが。『ボディーガード&アサシン』に比べればたいていの改題はまともに見える。



 そしてこの映画祭の前科と言えばもう一つ、フリーダムすぎる字幕問題が・・・・・・。字幕作った人の日本語能力に問題ありすぎて『十月囲城』のキャラがオネエ言葉を使うと当時話題になりましたよね。

 『建党偉業』の毛沢東@劉燁は私に「白雪姫」と評されたり、またとある方のブログでも「白百合姫」と呼ばれるようなヒロインぶりでしたが、中国映画祭にてとうとう口調までお姫様になってしまうのでしょうか?



 で、その『建党偉業』関係で面白いレポを見つけたので、ちょっと紹介しておきます。

http://xiaoq.exblog.jp/14516385/


 このブログ(エキサイト)は本来中国から繋げることができなかったのですが、「ブログ名または記事名をyahooo」で検索する→「yahooキャッシュでキャッシュ画像を見る」ということをすれば見られることがわかりました。ただ、コメント投稿はできないし、この方法を使ってもfc2とyahooブログには繋がらないのですが(鉄壁の守り)。


 上のレポ文章おもしろくて笑えました。画像もいっぱいでわかりやすいです。私のダラダラしたレポ見るよりこっちの方がいいですね。あと、蒋介石はナース姿以外でも一瞬軍服姿で登場していたらしいです。・・・・・・まあ、登場していたことを気づかれなかった人物は他にもたくさんいそうだな。


 で、以下の文には大いに共感しました。

日本でのこの映画の報道は問答無用で「プロパガンダ・ゴミ映画」って感じですけど、記事書いた人はきっと映画見てないですよね。
決して面白い映画でもオススメ映画でもないけど、記事にする以上はせめて一回くらいは見るべきじゃないかしら・・・

 う~ん、そうなんですよね。思えば私が長々と『建党偉業』について語ってきたのも、結局は根底にそういう風潮に対する反発みたいなものがあったのかなぁ~、と自分で思わなくもない。おもしろかったから絶賛したい! というのとはちょっと違うんですよね。でも一般に流通している評価には納得できない、しかもそれがあらかじめ確定された評価の上に乗っかって語られているとしたらそれは違うだろう、という思いがあったのかも。

 ちなみに私がここで抗日ドラマなどを紹介するのもこのような思いと共通するものがあった気がしますね。もちろん以前から抗日モノは好きだし、作品的にもおもしろいのが多いし(ハズレも多いですが)、腐女子的にも萌えるネタが多いし・・・・・・で、萌えを原動力に書いているのですが、書き続けるバネの一部に「××は○○だから△△」というような風潮、そしてその風潮を規定のものとして再生産されていく評価に対する反発心は確実にあると思います。だから、私は例えば抗日を題材にした作品を褒める時に「今までの極悪非道な日本兵とは一線を画す何々」とかいうアホな言い方は絶対にしないように心がけています。 


閑話休題。



 で、この中国映画週間の他の上映作品も近代史関連がけっこうすごい。ほぼ同じ時期の上映のため『建党偉業』の影に埋もれてしまった作品が何作かあります・・・・・・まあ、『建党偉業』とかぶらなくても埋もれていたかもしれませんが。(私も存在知っていたけど見に行かなかったわ~)


 まず邦題『星の音』(原題:『星海』)。後に中華人民共和国の著名な音楽家として活躍した洗星海(代表作は『黄河大合唱』など)のマカオでの貧しい少年時代を描く。邦題『星の音』って・・・・・・まさか星海からとっている? いや、それ主人公の名前なんですけど?(まあ、本編で「星の音」的な何かが表現されるのかもしれんが)


 もう1作が『愛のしるし』とかいう今回の映画祭でダントツにかわいそうな邦題をつけられた『秋之白華』。この映画はなんと初期共産党の重要人物(最高指導者になったこともあります)瞿秋白と妻・楊之華の愛の物語らしい。

 いったい誰が見に行く映画だそれ? と上映当時さすがの私もそう思った映画だが、紹介文みたらこれはこれでおもしろそう。見にいけば良かったかな?

 魯迅と交流があった建国の英雄であり、中国共産党の初期最高指導者の1人である瞿秋白と、妻の楊之華、2人の出会いは上海大学から始まった。瞿秋白は教務長兼社会学科の主任、楊之華は彼の学生だった。楊之華は救国済民を志し田舎から上海に出てきた、その当時としては先進的な考えを持つ女性であった。そして教授である瞿秋白の才能や風格は彼女の心を虜にした。この時、楊之華は夫・沈剣竜との人生の価値観の違いに失望しており、瞿秋白と妻・王剣虹の仲睦まじさを羨ましく思っていた。それゆえに楊之華は全身全霊を勉学と革命に捧げ、遂には中国共産党の一員になる。
 1924年、結婚7ヶ月で王剣虹が21歳の若さで結核を患い病死するが、その二日後には、瞿秋白は悲しみを堪えて教壇に立つ。様々な革命運動に参加していた瞿秋白は身を潜めて活動をしなければならなったが、その時、外部と瞿秋白との連絡責任者を楊之華が担当する。師弟の間に戦友同士の感情が生まれ、次第に愛情へと変わっていった。上海での労働運動が盛んな中、楊之華は瞿秋白に自分の気持ちを打ち明ける。


 近代史関連とは関係ないが、
『兎侠伝奇』『兎の武勇伝』というタイトルにした担当者の人、ちょっと一歩前に出なさい。大丈夫、一発殴りたいだけだから歯を喰いしばって・・・・・・。

 って言うか『建党偉業』もいいけど『南京!南京!』も早く日本で全国公開してよ(前に1日2日だけの特別上映はあったけど)。



 話は変わって、建党80周年が華々しく(?)宣伝される中、空気のような扱いを受けている辛亥革命100周年ですが、とりあえず辛亥革命を描いた映画『1911』が公開されるもよう。張黎という監督による香港映画ですね。ちなみにこの映画は10月の第24回東京国際映画祭で公開されるそうです。

 あと、TVドラマでも『辛亥革命』という連続ドラマが放映予定。『建党偉業』ですっかり袁世凱と蔡鍔の愛憎劇にはまってしまったので、時間があったら見てみようかと思っています。


 他にはTV版『建党偉業』とも言うべき『1921』というドラマもちょっと見始めたのですが、予想と違いけっこうおもしろそうなドラマです。ドラマの主人公は毛沢東で、毛沢東が主人公の革命ドラマはおもしろくない、と相場が決まっているのですが、これはちょっと何か違いそう。冒頭&1話から引き込まれる内容で、そして中国のドラマは1話がおもしろければ最後までおもしろいの法則がある(逆に1話がおもしろくないドラマは最後までおもしろくない)ので、これは期待できそう。そう言えば、どこかの中国ブログでも『1921』は意外とおもしろかった、という感想がありました(アクセスできませんでしたが、タイトルは見れた)。


 それでは、今回はここまで。

 



 

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