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2011年6月26日 (日)

『狙撃手』8話 感想

あらすじ



※以下の記事は以前別のブログに書いたものの改編です

 ・・・・・・客観的にあらすじをまとめてみたけど(『狙撃手』8話 あらすじ)・・・・・・充分BLっぽいな(汗)。まあ、これはドラマ自体の本質がそうだということの証かな(えっ?)



 では、今回はまずドラマの中の問題シーンを。

村人のみなさん! 私達は八路軍です! 私達は人民の軍隊です! ここに留まるのは大変危険です。今から根拠地へ避難しましょう。どうか我々を、共産党を信じて、安心してください。みなさん、私達は八路軍です! 私達は人民の軍隊です!

 日本軍に親族を殺され村を破壊されて絶望している村人たちに、八路軍指導員の鄒文が呼びかけるシーン。

 こういうふうに共産党員(あるいは八路軍)が、絶望的な気分になっている民衆に共産党(八路軍)を信じるように呼びかけ、鼓舞し、導こうとする場面は抗日や革命もののドラマ・映画で非常によく見られるシーンです。(それでだいたいこの後、民衆は共産党を信じることにし、奮い立つという展開につながります)


  ところがこのドラマの当該シーンには、八路軍だけでなく竜紹鉄ら国軍の兵士たちもいました。しかも一緒に戦いました。なのに、指導員の台詞は彼らの存在・活躍をまったくきっぱり無視するものです。

 画面は鄒文の調子に乗った(わけではないだろうが、そう聞こえるように演出されている)共産党賛美の声をバックに、その一方的な言い方を満面に不満と怒りの色を浮かべて黙って聞いている国軍兵士たちを前面に出します。

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 明らかに視聴者を民衆や彼らに呼びかけている共産党員ではなく、無視されて忸怩たる思いの国軍(国民党)側に同調させようとする演出です。非常に険悪かつ気まずいシーンです。

 や、革命ものではいっそテンプレとも言える盛り上がりシーンを、視点を少し変えただけでこうも180度逆の後味の悪い場面に作り変えてしまうとは・・・・・・その是非や妥当性はともかくなかなかすごいことでしょう。

 ・・・・・・って言うか、見ているこっちまで空気の重さがはんぱじゃなかったよ・・・・・・。いいのか、このシーン、とか思った。

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 ・・・・・たださ、冷静に考えてみれば、7話のラストで国軍の兵士たちは日本軍に襲われる村人たちを見殺しにしようとしていたんだよね・・・・・・。もちろん進んでそうしようとしていたわけじゃないけど・・・・・・八路軍側が強硬に救助を主張しなければ確実に見殺しにしていたよね。指導員の演説に一番不満を持っている銭国良なんか飛び出していこうとする大春たちに銃を向けてまで止めていたような気が・・・・・・。なのに、村人は八路軍にばかり感謝して俺らはバカを見た、とか文句を言うのはちょっとお門違いなのでは? とか思いました。


 しかしドラマは国軍兵士の言い分ばかり描くわけではありません。

銭国良「竜紹鉄はお偉いさんだし旅長のお気に入りだ。罰なんてうけるものか、代わりに俺たちが犠牲の羊になるに決まっている。きっと何ヶ月分かの給料がなくなるんだ・・・・・・まったくおまえら八路軍はこれをどうしてくれるんだ。俺たち兵士が給料のためにどれだけ苦労していると思っているんだ」

二勇「おまえらは金のために兵士をやっているのかよ、なんて覚悟の無い奴らだ。それにおまえらのその給料っていうのは元は民衆が払った金だ。なのに彼らの危機を救わないなんて、忘恩の輩のやることだぞ」

 と、処罰の心配ばかりする銭ら国軍兵士に八路軍の二勇が反論。二勇ら農民出身であり兵士になった後もそのことに立脚し続ける八路軍兵士には自明でありながら、上官や軍組織との関係ばかり気にする職業軍人がなにを忘れてしまっているかを指摘した場面、と言えると思います。



  さて、もう一つ注目すべきは大春の反応。

 7話ラストで任務を優先して村人を見殺しにしようとした竜紹鉄をさんざん罵って(TV版では長々とした台詞は無かったですが、その表情と声で大春がいかに竜に対して怒りをぶつけたかがわかります)、飛び出していった大春。でも竜紹鉄は結局、加勢に来てくれました。そして戦闘が終わった後、大春は一貫して浮かない顔をしています。


 指導員が国軍の加勢を無視するような発言をして、そのせいで村人たちも竜紹鉄たちには感謝をしていないこともだいぶ気にしているようで、同じ事を気にしていた九児に↓のように言っています。

九児「一緒に戦ったのに、(指導員の)あんな言い方は良くないわ」
大春「ああ、俺もそう思う。・・・・・・付け加えてこいよ」

と九児を促し(この時の大春役の役者さんの真剣に何かを思い悩んでいる表情がすばらしい)、促された九児は村人たちに対して国軍の活躍や竜紹鉄の素晴しさについて訴えます。(←まあ、この九児の演説もわざとらしさがハンパなくてちょっと正視に耐えぬものがありましたが・・・・・・そして竜紹鉄の悪感情が九児一人に対してだけ和らいだのも納得いかんもんがある)


 そして国軍兵士と二勇・大刀の間が険悪になった際には慌てて間に入り、正論を言った二勇はともかくとして、「罰せられるのが嫌なら、そんな反動軍隊辞めてこのまま八路軍に入れば?」と無神経な失言をした大刀には「時と場合を考えろ」と諌めています。


  さらについに竜紹鉄と別れる際には、意を決して彼の元に行き

大春「竜上尉・・・・・・今回のこと、とてもなんと言っていいかわからないけど、とても感謝している」

と言って握手(←言葉では言い表せないことの表れ)を求めます。


 明らかに大春はずっと、竜紹鉄に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったようです。

 きっと戦闘が終わって冷静になった大春はあることに思い至ったのではないかと思います。


 まず、彼は民衆を見殺しにしようとした竜紹鉄のことを「冷血動物、ファシスト」などとさんざん罵りましたが・・・・・・よく考えてみれば、そのような選択をすることが竜紹鉄にとって辛くなかったはずはない、と。

 かつて、逃亡した少年兵を撃ったことを、竜紹鉄にとってどうしようもない選択でありどれだけ辛いことだったかを想像したのは他ならぬ大春でした。むしろあえて村人を見捨てることを言わなければならなかった竜紹鉄の苦痛に今回も気がついたと思います。


 さらに竜紹鉄の「芥川を倒すことで日本軍に与える影響ははかりしれない」という主張は、つまり日本軍に打撃を与えることはもっと広範囲の民衆の利益になる、という主張でもあります。そのために目の前の民衆を見捨ているというのは、大春にはどうしても受け入れられないことでしたが、竜の主張もそれはそれで道理があったことでした。

 この2点だけを見ても、「冷血動物」だとか「ファシスト」だとかいうふうに竜紹鉄を罵るべきではなかった、と大春は思い至ったのだと思います。


 さらに言えば、民衆を助けに行くとき大春は九児に「でもあなたは批判されている身よ! また勝手な行動をしたら・・・」と言われ「俺のことはどうでもいい!」と言い、例えいかなる処罰を八路軍で受けようと民衆を助ける覚悟を決めています。

 しかし、大春が動けば必然的に竜紹鉄の任務も失敗してしまい、そして竜は竜でその責任を国軍で問われることになるのです。そして自分たちが竜紹鉄を巻き込んだにも関わらず、八路軍に属する大春がそれを肩代わりするわけにはいかない・・・・・・。(まあ、竜も八路軍をあくまで強硬におし留めなかったので責任は発生しますが)

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 竜紹鉄らの加勢で日本軍に勝利した大春だけど、そこに晴れがましい気持ちは少しもあないようです。まして、竜紹鉄らの加勢を当然視し、最終的に国軍が八路軍の論理に屈服したなどというふうにもちろん考えていません。

 私、ここが大春のいいところだと思うのですが。
 

 大春は民衆を助けることを優先したこと自体は間違っているとも思わないし、後悔もしていないでしょう。たぶん、事前に竜が責任を問われることに気づいていても、同じ選択をしたと思います。

 しかし冷静になった時、自分の選択がいかなる結果をまねいたか(肩代わりできない責任を竜に負わせた)、そしてたとえ正しいことでも言うべきではない(「ファシスト」だのなんだの)ことがあることに自ら気づいたのでしょう。それは自らの「正義感」「信念」を大事にしながらも、それがもたらす別の側面についても考え至ることができるということです。

 ・・・・・・まあ、後30分くらい早く気づけばもっと良かったのですけどね(笑) 





ピックアップ場面



死への衝動、生の呼びかけ 


 さて、そうこうするうちに芥川の狙撃によって重傷を負った竜紹鉄は、部下に自分を置いて逃げるよう命じ、あくまで竜を助けようとする大春にも「俺にかまうな・・・戦場で死ぬのは軍人にとって光栄なこと」と言います。

 それに対して大春は必死で竜を助けようとし、瀕死の彼が意識を失ってしまわないよう呼びかけ続けます。

 しかし八路軍の病院で手術を受けても竜紹鉄は相変わらず危険な状態が続き、看護兵の小梅は大春らにこう告げる。

小梅「医者の先生が言っていたわ。この人には生きようとする意志が弱い、あまり生きたいとは思っていないようだ、って」

 おそらく4年前に村が日本軍に襲われ自分のせいで村人が虐殺された時から、竜紹鉄には生きようとする意志があまりなくなったのではないでしょうか。しかも最近は立て続けに耐え難いことに見舞われ、ますますその傾向が強まったのではないかと思います。

 しかし、日本軍と戦うという使命を負った身として積極的に自殺することはできない。それでも心のどこかで死んでこの辛さから逃げてしまいたい、という願望が深層心理の中にあったのかもしれません。

 
 ならばいったいどうやって死ぬか?

 
 その彼の秘かな願望を叶えてくれるかもしれない存在が芥川だったのではないでしょうか? 

 竜紹鉄は、自分を殺してくれる存在として、それにふさわしい相手として芥川に魅かれていた、と考えるとおもしろいかもしれません。

 言うなれば、芥川は竜自身の死への願望の象徴的存在であり、そして8話目にしてついに彼を死の淵に突き落としてくれました。


 しかし、生命には死に抗い、生きようとする力もまた同時に存在します。

竜「このまま安らかに死なせてくれ」(小説版)

とまで言う竜の意思を強引に無視して、大春は竜を救うために死力を尽くします。竜を背負って逃げながら、何度も何度も「生きろ!」と叫び続けます。手術後、意識の戻らない竜紹鉄に

大春「戦争の中で、死ぬのは生きるよりもずっと楽なことだ」

と呼びかけ、楽な道に逃げようとする竜紹鉄を生の側に引きずり戻そうとします。


 芥川が竜にとって「死」の象徴なら、大春は「生」の象徴なのでしょう。

 竜紹鉄の中でこの二人のどちらの存在が大きくなるかは、単に人間関係の問題だけではなく、竜の死生観の変化と密接に関わるように思えます。

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