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2011年1月10日 (月)

『井崗山』29話~32話

あらすじ

 彭徳懐らは井崗山行きを反対する者を排除して、毛沢東と合流を果たす。しかし、何鍵軍の侵攻と物資の欠乏する井崗山でどうやって冬を越すかという問題も浮上していた。

 時を同じくしてソ連で行われた中共六大(中国共産党の六回目に全体会議)の決議文が、六ヶ月遅れで井岡山にも届けられた。さっそく会議を開く毛沢東だが、決議文のある箇所を目にしたとたん、一次休会にして朱徳陳毅を呼び出す。その決議文には、「土匪との関係を整理するように」と、袁文才王佐の粛清を命じる部分があった。

 毛沢東は決議文のこの部分は皆に秘密にすることにし、会議の議題を何鍵軍の侵攻とどうやって冬を越えるかに変えることにする。朱徳は少数の部隊だけを井崗山に残し、主力は下山して侵攻していく敵を背後から攻撃する作戦を提案し、毛沢東と陳毅も賛同する。

 毛沢東らは井崗山の守備部隊に彭徳懐の部隊を任命し、彭徳懐も快諾する。しかし、彭徳懐の部下達は、死地に追いやられるようなものだ、と大いに不満を抱く。同時に、毛沢東は袁文才を紅軍の参謀長に任命して紅軍主力とともに下山するよう命じ、王佐には彭徳懐とともに井崗山を守るよう命じる。

 王佐は紅軍が下山することにも袁文才を連れていくことにも不満を感じ、袁文才は決議文が届いて以来毛沢東らの態度が何かおかしいことに不安を覚える。二人は毛沢東に真意を尋ねに行き、それに対して毛沢東は二人への感謝の気持ちと信頼、そして今回の作戦は大局を考えてのことであると説明し、二人も納得する。決議文のことを知った賀子珍は、毛沢東が二人を保護しようとしているのだと解釈する。

 下山の夜、毛沢東は住み慣れた八角楼や井岡山の人々に別れを告げる。その井岡山に押し寄せる何鍵軍によって、紅軍本部をはじめ拠点は次々攻略されていく。さらに張開財林若娜が何鍵軍の道案内を務めたため、「天然の要塞」と呼ばれる井崗山の地形ももはや要をなさなくなる。一方、山を下りた紅軍主力も民衆的基盤のない地域で苦戦を強いられていた。

 前後から敵の攻撃を受けることになった彭徳懐は戦闘の継続を断念。張子清ら負傷兵を井崗山に潜み残る王佐の部隊に託して山を下りる決断をする。

 井崗山では何鍵軍が民衆狩りをはじめ、多くの人々が殺されていった。赤衛隊の姜有田の妹は陳開財に捕まり紅軍幹部である張子清の隠れ場所へ連れていくよう迫られるが、わざと崖っぷちに連れ出し油断した陳開財を自分もろとも崖下に落とす。方小鳳はおとりとなって林若娜をおびきだし、自爆して彼女を倒す。姜有田に連れられて逃げる重傷の張子清は、あくまで自分をかばおうとする姜有田を救うため、隙をみて自ら行方をくらます。そして何鍵軍に捕まった袁文才の妻・梅香は生き埋めにされてしまう。急を知った王佐は息も絶え絶えの梅香を助け出す。

Cap1236

生き埋めにされる梅香

 井崗山陥落の報に驚愕する袁文才。しかし他の紅軍幹部は今後のことを話し合うだけ。袁文才は井崗山の奪還を毛沢東に願い出るが、今は不可能だと言われてしまう。

 失意の袁文才は、古い部下の鉻甫から例の決議文に「土匪の頭目はすべて殺すように」とあったこと、そして毛沢東が自分を一緒に下山させたのは自分を守るためであったことを知る。しかし中央からの命令では毛沢東も自分を守りきれないだろうと悟った袁文才は、彼の負担にならぬため、自ら井崗山に去る決心をする。

Cap1245

毛沢東の家の前で立ち尽くす袁文才

 袁文才は中には入らずただ毛沢東の家の壁越しに最後の別れを告げるが、ちょうど出てきた賀子珍に見つかってしまう。袁文才は何気なさを装って、賀子珍に伝言を託しそのまま去っていってしまう。

 一方、ソ連では毛沢東らの元へ派遣されることが決まった劉安恭と都市暴動路線の失敗からソ連で学習中の瞿秋白が再会。帰国したら都市で次々と暴動を起こすと語る劉安恭を瞿秋白は批判するが、劉安恭は受けつけない。



感想

 今回は紅軍の井崗山放棄と国民党軍による井崗山の民衆殺戮、そして袁文才の離間というストーリー。


 あいかわらずつツジツマ合わせに必死だが、どう考えても紅軍主力が下山したのは、背後から何鍵軍を撃つためじゃなくて井崗山の放棄以外の何者でもないようにしか見えんな。あと、追い詰められた紅軍兵士が自分の死と引き換えに敵を倒す(8割がた敵を巻き込んだ自爆というパターン)というのはこういうドラマのお約束だが・・・・・・にしても大人の登場人物がやるのはともかく、子どもの登場人物にまで同じことさせるのはやめれ(`Д´)。たとえその子の意思だとしてもそれを肯定的賞賛的描くのはNGやろ! って言うかそもそも描くな!子どもがマネしたらどうするんだ! ・・・・・・って言うかイザという時にはマネして欲しい感じがしまくって嫌。



 そして、この井崗山に残された民衆や紅軍兵士の悲惨な「英雄的奮戦」が一通り描かれたところで、場面は井崗山の陥落を知った(下山した)紅軍幹部たちの会議の場に移るのだが・・・・・・何と言うか、袁文才を除く紅軍幹部たちの誰もがべつにそれほどショックを受けていない、受けているかもしれないが全然それが伝わってこない、という不思議なシーンが。

 (私の中国語能力が低いので間違っているかもしれないけど)ある者は「まあ、(物資欠乏の)山を下りたのは間違いじゃなかった」(←これは毛沢東から批判されたが)とか言い出すし、ある者は「井崗山で我々は多くのことを学んだ」とか総括始めるし、毛沢東なんか「井崗山のことは永遠に忘れない」的みたいなこと言い出すし・・・・・・こうなるとみんなの話を聞いている袁文才が呆然としているのは、単に井崗山陥落にショックを受けているだけじゃないように思える。

 それにしても、ついさっきまで井崗山に残された人々の悲惨極まりない戦いが描かれた直後のシーンで、「ああやっぱり陥落しちゃったか、ま、仕方ないよね」的雰囲気の紅軍幹部たちのシーン持ってきて、一人まじめに嘆いている袁文才をスルーして「これまでの教訓と今後のこと」とか完全に「井崗山は過去のこと」モードの話に移るとは・・・・・・

視聴者の反感買いまくり!

う・・・ん、毛沢東らへの反感に視聴者を誘導する監督と脚本家の意図がまったくわからない。もしこんなドラマ構成で視聴者が毛沢東らに好感を抱くとでも思っているなら相当その感覚が問題だが・・・・・・




 その後、傷心の袁文才は中共中央から自分に対する粛清命令が来ていることを知り、ついに紅軍を離れ勝手に井崗山に帰ってしまう。

 さて、このシーンは、袁文才役の役者さんの名演もあってドラマ中の白眉とも言えるシーンで、素直にドラマとしてみれば大変感動的な場面だ。・・・・・・・だが、何と言うか素直に感動してしまうのはちょっと倫理的な問題があると思う。

 素直に袁文才の運命について涙にくれたいが、感動に浸る前にやはり言うべきことは言っておこう。



 袁文才が紅軍ひいては最愛(←マジで)の毛沢東の元を去ることにしたのは、実は「ここにいるとヤバイ」という自己保身でも「ひたすら尽くして来たのにこんな仕打ちするなんて」という恨みからでもないらしい。彼はただ一言だけ理由を言った。

袁文才「俺がいなくなれば、毛委員の負担が軽くなるだろ!」

・・・・・・・何と言う愛の深さ・・・・・・と言ってしまうのは後回しにして、「粛清命令を知ってしまった袁文才とその後の粛清問題をどう描くつもりなのか?」というこのドラマ最大の疑問の解決法は

邪魔者が勝手に自主的に消えてくれる

という誰も悪者にならないし、袁文才の恨みも存在しないという超都合のいいクリーンなものに!!

 私は袁文才の死を巡る問題について通りいっぺんにしか知らないから、もしかして中国では袁文才の心情がこのドラマのようなものであったのを示す資料か何かが見つかっているのかもしれんが・・・・・・まあそれでも「邪魔者であった被害者が誰の手もわずらわせず自分の意思で消えてくれたあげく加害者に対して何の恨みも持ってない」ってストーリーを後世の人間が描くことに対する倫理的問題はあると思うのだ。(あ、ちなみにこの段階では袁は消えただけでまだ殺されてない。今後はその死がどう描かれるかが焦点)

 しかし、別の面から見れば、袁文才の離反が自己保身(←まあして当然だが)その他自分の都合によるものではなく「毛委員の負担になりたくない」という捨て身の究極愛の実践となったために視聴者の同情を最大限に集める、ということも可能になっている。実際、中国のネットでも袁文才への同情の声で溢れているようだ・・・・・・こう考えるとさっきの「紅軍幹部への視聴者の反感が募るシーン」も、袁文才がショック受けて離反の後押しとなるシーンであり、視聴者に「袁文才の行動も仕方ないよね」と思わせるテクニックだろうか?



 さて、それでは史実やら倫理問題はここまでして、以下では素直にドラマに感動・・・・・・と言うより萌えることにします。





ピックアップシーン

 井崗山陥落から袁文才が去るシーンまで、ちょっと長いけどピックアップ。袁文才役の劉鑑の名演をご覧ください(表情だけしか見せられないけど)

 まずは、井崗山陥落が皆に知らされるシーン。

袁文才「・・・・・・陥落? 井崗山が陥落!?」

陳毅「・・・・・・これで我々も完全に帰る場所の無い流浪者になったな」

毛沢東「そんなに悲観するな。井崗山は失われることはない、永遠に」

陳毅「・・・・・・毛委員にぜひ教えていただきたいですね。寄る辺を失って、どうして楽観的になれるというのですか? 失われたものは失われたのです、これが現実なのですよ」

幹部一「失われたものがあれば得たものもあるということだ。下山にも成果はあった。(中略)多くの同志は(井崗山から下山して)街に移ってけっこうな日々を送れている」

 うつむいていた袁文才、呆然とした表情で顔をあげる。

(中略)

朱徳「井崗山を失って、誰が心を痛めないことがあろうか。あの場所は多くの道理を教えてくれた。敵が強く我が方が弱い低潮期にあって、そして白色テロが深刻な状況下において、ただ遊撃流動作戦だけが効果がある。敵を倒し、影響を拡大し、革命の火種を播いていくのだ」

幹部二「さっき毛委員が言った「井崗山は永遠に失われない」というのには、私にはさらに深い意味があると思う。あの革命根拠地において、私たちは根拠地を建設するという貴重な経験と教訓を多く得たのだから」

毛沢東「ああ、むしろそれこそ私が言いたかったことだ。私が楽観と言うのは、井崗山での一年余りの日々は、ただ一つの根拠地を築いたというだけではない。さらに重要なのは、進むべき道を見出したことだ。これからはどこへ行こうとも、我々はこの道を進んでいく。そういう意味から、私たちは永遠に井崗山とともにあるのだ」

再びうつむいていた袁文才、顔をあげる。

Cap1260

毛沢東の言葉に呆然とする袁文才

袁文才「・・・・・・毛委員。井崗山の奪回はできないのですか?」

毛沢東「井崗山奪回?」

袁文才「(泣きそうな目と震える声で)いい、ですよね? 私が先鋒を務めますから!」

毛沢東「ここは「湖南・江西」辺界(省境の地区)ではない。「江西・広東・福建」辺界だ。井崗山まで遠すぎる。しかもどれだけの敵が今我々を追い回していることか、君も参謀長なら私もよりもよくわかっているはずだ。今は、やはり井崗山奪回は考えるべきではない、羅福山区に登るべきだろうな」

Cap1238

袁文才、激しく動揺しつつ涙をこらえる。

 「井崗山は永遠に失われない」って「俺らの心の中で」の話かよ。しかも袁文才の必死の訴えに、超そっけない毛沢東。しかも「井崗山を奪回するより、今度は別の山に登る」とか超無神経なことを言い出す・・・・・・さっきは「袁文才が出て行くのもやむなし」というための演出かと思ったが、むしろ「袁文才に自分から出て行ってもらうためのいじわる」にも見えてきたぞ・・・・・・。



 次に、傷心の袁文才が古くからの部下・鉻甫から恐ろしい話を聞く話。袁文才の心情を表すように都合よく雪も降り出した。しかも袁文才の肩には雪が積もっている・・・・・・雪を払う気力も無いらしい。にしても、この古参部下は確か5・6話で出てきたきり姿が見えなかったけど・・・どこにいたの?

鉻甫「会議、長かったですね。何を話していたんです?」

袁文才「・・・・・・」

鉻甫「・・・・・・あなたも聞いていますか?」

袁文才「・・・・・・何をだ?」

鉻甫「中央の決議文ですよ、緑林の頭目はすべて殺せと」

袁文才「おまえ、誰から聞いた?」

鉻甫「・・・・・・」

袁文才「答えろ、誰から聞いた!」

鉻甫「あなたはまだ知らないんですか?」

袁文才「言え!」

鉻甫「上から下までみんな知っていますよ! 我々だけが知らなかったんです」

Cap1239

袁文才「・・・・・・・・・ありえない・・・・・・もしそうなら・・・もしそうだというなら、必ず毛委員が俺に教えてくれたはずだ」

鉻甫「これは中央の決議なのですよ。どうして毛委員があなたに教えてくれるなんてことがありますか。聞いた話では、毛委員があなたを参謀長にして下山に同行させたのも、事情をよく理解しない連中の危害から俺たちを守るためだとか」

袁文才「・・・・・・俺をどうしても下山させようとしたのは、そういうわけか・・・・・・」

鉻甫「毛委員に守ってもらえば、俺たちもそう心配することはないですかね」

袁文才「・・・・・・・・・・・・いいや。毛委員にも我々を守りきれないだろう」

鉻甫「・・・・・・」

袁文才「毛委員の上には省委がある。省委の上には中央がある。さらにその上には(小さく笑う)コミンテルンがある」

Cap1262 

「上には・・・」と語る袁文才

鉻甫「な、なら俺たちはどうすれば?」

Cap1241

袁文才、押し殺した声で笑い出す。

Cap1242

ひとしきり笑った後、立ち上がって部屋の扉を開ける。

袁文才「行くぞ」

鉻甫「行く? どこに」

袁文才「井崗山に戻る。あそこに戻れば、俺の気持ちも落ち着けるだろう」

鉻甫「な、毛委員にはなんて言うんです?」

袁文才、鉻甫の胸ぐらをつかみ

袁文才「何を言うだと! 俺たちがいなくなれば、毛委員の負担が軽くなるんだよ! わかったか!」

鉻甫「・・・・・・選三(袁文才の字)。そんなことをして、後のことは考えているのか?」

袁文才「・・・・・・鉻甫・・・・・・行くと言ったら行くんだ!」


 すさまじいことに、袁文才が笑うんだよな。ここで泣き出すならまだしも、笑い出すのだ。しかも押し殺した声で。と言うよりも声が出ないのかもしれないけど。

 毛沢東と紅軍が井崗山に来てから、袁文才は確かに幸福だった。その日々が崩れる、夢が覚める。

 ずっと「山賊の頭目」であることにコンプレックスを抱いていたエセインテリの袁文才は、毛沢東に「同志」と呼ばれ認められて、そのコンプレックスから解放されたはずであった。毛沢東の下で、違う人間になれるはずであった。しかし、彼は結局どこまでも「山賊の頭目」としか見られていなかった。

 笑うしかないだろう。泣き喚くよりさらに深く悲しい。



「毛委員の負担になりたくない」

 先ほどは批判したが、このドラマの袁文才に即して言えば、袁文才らしいセリフである。おそらくこの一言には、その言葉が直接意味すること以上に、彼のあらゆる感情が詰めこまれており、そしてそれらを制圧するためにこそ発せられた言葉だろう。恨むまい憎むまい疑うまい、それができればあの井崗山での幸せだった「夢の日々」は「真実」となる。

「井崗山に帰れば気持ちも落ち着けられる」とも言った。何故だろうか。そこが自分の居場所だからだろうか、「山賊の頭目」である己を受け入れたからか。それとも毛沢東と過ごした場所だから、永遠にその思い出の中で生きそして死を迎えるつもりだったからか。




 続いて、袁文才が毛沢東の家の壁ごしに最後の別れを告げ、賀子珍とはちあわせしてしまうシーン。賀子珍は袁文才の義妹でもあるので、「妹子(メイズ)」よ呼ばれているが、この「妹子」の適切な訳が思いつかないので、そこはそのままでいきます。

 そぼ降る雪の中、毛沢東の家の門の前でただ佇む袁文才。ちょうど去って行こうとした時、家の中から賀子珍が現れる。

賀子珍「あら、選三兄さん!」

袁文才「子珍」

Cap1246

賀子珍「毛委員になにか用事? 彼はまだ起きてるわよ」

袁文才「いや、何も。何でもない、何でもないんだよ」

Cap1248

賀子珍「そう。そう言えば、もう井崗山出てからずいぶん経ったわね。どう? 井崗山や義姉さん(賀子珍と義姉の袁文才妻)の声でも恋しくなったんじゃない?」

袁文才「ああ、少しね」

賀子珍「・・・ねえ、上がっていけば?」

袁文才「いや、いいよ。・・・・・・妹子、毛委員に伝えてくれ。・・・・・・寒くなってきました・・・・・・お身体にお気をつけください、と」

Cap1250

「身体にお気をつけて」と涙を抑えるため早口で言う

賀子珍「ええ、わかった」

袁文才「(笑って)妹子。俺はもう行く」

立ち去る袁文才。賀子珍も家の中に入る。袁文才振り返り

Cap1253 

袁文才「毛委員」

Cap1254_2

ゆっくりと敬礼。

Cap1255

 
 賀子珍に不審がられないよう当たり障りのない伝言の中に、すべての思いを込める袁文才。(ちなみに「もう行くよ」とは「宿舎に帰る」という意味に賀子珍には受け取られるが、本当は「(井崗山に)帰る」ということ)

 「お身体にお気をつけて」。この一言がここまで重いものになろうとは。

 あくまで笑顔なのが、泣かれるよりも壮絶。

 ああ、人は相反する感情に心が引き裂かれる時、こんな表情をするんだな。

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