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2010年10月

2010年10月27日 (水)

『西安事変』第26話~27話(ついに西安事変勃発)

Cap1103


あらすじ

  張学良は憲兵の目をごまかすため、孫銘九劉圭五ら実行部隊の核となる5人を人夫に偽装させ、張学良公館に呼んで具体的な打ち合わせをする。特に劉圭五には、東北軍内には蒋介石に恨みを持っている人間も多いことから、蒋介石の身を守るよう任務を与える。張学良は口実を設けて劉圭五らを華清池に連れていき蒋介石に会わせるが、そこで彼が12日の朝に西安を発つことを知る。

  鐘本鶴虎城家に招いた趙文青は手料理で彼をもてなすが、忙しい楊虎城が一緒に昼食を取る約束を破ったことに腹を立て、鐘本鶴ともケンカになってしまう。本鶴を追い返した文青は、鐘笑天が楊虎城への土産として本鶴にもたせた酒を飲んで、スケートに行く。

 一方、張学良は13日の決行予定を12日の早朝、蒋介石が西安を発つ前に前倒しすることにし、趙一荻を楊虎城の妻に接触させ、その情報を知らせる。

  鐘笑天は楊虎城が酒を飲まなかったことに失望し、すべての真実を明かす。すなわち、自分は楊虎城を暗殺するため酒に遅効性の毒を仕込んでいたのだ、と。なぜなら楊虎城は抗日を策しているが、日中間で戦争になれば多くの若い日本軍人の命が失われる。自分の親友であり、本鶴の父親と同じように。それを防ぐために楊虎城を殺したかったのだと。

  本鶴は慌てて楊虎城家に戻り、趙文青が酒を飲んでしまったことを知る。本鶴はいつも二人で会っていた厚い氷の張った湖でスケートを滑る文青を見つけ、文青は本鶴が来てくれたことを喜ぶ。しかし、本鶴の目の前で文青は苦しみだし、そのまま息絶えてしまう。嘆き悲しむ本鶴は湖の氷を破り、いつも文青が憧れていた「氷の下の世界」に文青の遺体とともに身を沈める。

  暗殺に失敗した笑天の元には、特務の「天狼」が彼を始末するためにやってくるが、逆に笑天に殺されてしまう。

Cap1096

湯飲みに毒を塗って始末をつけに来た天狼を返り討ちにする鐘笑天

 笑天は西安から逃亡するため人力車に乗って駅を目指すが、そこにはすでに載笠の手が回っており笑天はそのままさらわれてしまう。

 11日夜、東北軍幹部との最後の打ち合わせを終えた張学良は、蒋介石に呼ばれて華清池で夕食をともにする。しかし、蒋介石はずっと上の空のままの張学良をやや不審に思う。その後、張学良は楊虎城が西安に集っていた中央の高官たちをもてなす宴に出席し、隙を見て「今夜12時半に楊公館に集合」することを告げる。

 華清池では、日記を書いて蒋介石に甥で侍従長の蒋孝先が、ずっと渡しそびれていた戴笠からの指示を見せる。張学良が何かをたくらんでいるのですぐに西安から離れるように、との言葉に、蒋介石は張学良の幹部である李青山を急遽呼び出すことにする。

 12月11日夜11時、張学良公館に集まった幹部たちは、李青山が蒋介石に呼ばれたことに動揺する。華清池に呼ばれた李青山は、蒋介石の張学良への猜疑を何とかうまくかわす。一方、約束の時間を過ぎても張学良らが来ないことに、西北軍の幹部らは彼らが裏切ったのではないかと疑心暗鬼になる。張学良の元に戻った李青山は、蒋介石が張学良を疑っていることを伝えるが、張学良は計画を続行するため皆と楊虎城の元へ向かう。

  計画の漏洩に楊虎城の動揺するが、「いざとなればあなたは自分を捕まえて蒋介石に差し出せばいい」と軽口を言う張学良に「俺をそんな人間だと思っているのか」と怒りを爆発させる。そのまま言い争いになる二人だったが、楊の妻に諌められて落ち着きを取り戻し、深夜1時の鐘の音とともに計画を発動する。

Cap1097

張学良の態度に激昂する楊虎城

 劉多茎率いる孫銘九,劉圭五らの東北軍部隊はくれぐれも蒋介石を傷つけないよう厳命を下して華清池に向かい、西北軍の部隊は中央軍の要人が泊まるホテルを包囲する。

 1936年12月12日午前5時。それぞれの持ち場についた各部隊はいっせいい行動を開始。

 劉多茎の部隊は華清池に突入し、警備の兵らと激しい銃撃戦を展開。途中、劉多茎は負傷するが、圧倒的兵力差によって抵抗するものをすべて殺して華清池を制圧。

Cap1098

華清池を襲撃する東北軍

 外の騒ぎについた蒋介石は紅軍の襲撃かと思い、蒋孝先とその弟の蒋鎮先らに助けられ、寝巻き姿のまま窓から外に逃亡する。

Cap1099

窓から逃亡を図る蒋介石

 劉圭五らは蒋介石の部屋に踏み込んだ時はすでにもぬけの空であったが、ベッドがまだ暖かいことからそう遠くには行っていないと判断する。





感想

 数話前から西安事変へのカウントダウンが始まっていた西安事変が、27話後半でついに勃発!

 と、その前に、その前日(12月11日)にオリキャラである趙文青,鐘本鶴,鐘笑天があいついで舞台から退場!・・・・・・・・・・・・えっ?

 あの、そこで(超)あっさり殺して(鐘笑天はまだ生死不明だが・・・生きてはいないだろう)しまうのですか、監督さん? ってこの三人はいったい何のために出てきたのですか? しかも趙文青の死のシーンが不自然すぎて、あとで蘇生するのかと思ってたら二人で凍った湖の底に沈んでいっちゃったよ!

 う~む、私は趙文青が西安事変の際に鐘笑天に人質にとられるとか、実は二重スパイ「八条」かと思っていたが・・・・・・どうやらやっぱり「一般人代表」だったらしい。

 つまり中国人の趙文青と日本人の鐘本鶴の恋人たちは、日中のはざま、時代に押しつぶされてしまった、というわけだ。それならば二人の服装がとても30年代とは思えない、ぶっちゃけ2000年代からタイムスリップしてきたとしか思えない子たちだったのも、未来の平和な時代であればこのような結末は迎えなかっただろうに、という思いが込められているのかもしれない。30年代に二人が幸せになれる場所は「氷の下の世界」しかない。

Cap1095

 趙文青と自分を埋葬するため、湖の氷を割る鐘本鶴

 あるいは「日中間で戦争が起きたら日本の若い軍人が犠牲になるから」という手前勝手極まりない(そもそもまず最初にやったのはどっちだよって話)論理で動く鐘笑天という古い世代によって、純粋な若い世代の未来が潰される様を描きたかったのかもしれない。


 さて、そんな事件があったもののドラマは容赦なく西安事変へと、すなわち「1936年12月12日早朝5時」へと向かっていく。

 このドラマは類似の歴史ドラマとは違い、今まで戦闘シーンなどはわりと淡白に描かれてきた。だが、西安事変勃発シーン、すなわち蒋介石の泊まる華清池襲撃シーンでそれは一変する

 今までの淡白な戦闘シーンは、この場面を盛り上げるためにあったのかと思えるようなカタルシス。なるほど、普段か火薬の使用量を競うかのようにドンパチやっているより、ここに至までは抑制を重ねタメを作っておいた方が、一番肝心な場面が盛り上がるというものだ。

 一方で、この華清地襲撃シーンは単に「かっこいい」ばかりではない。最初こそかっこいいBGMが流れる中、東北軍の華清池襲撃部隊が出撃しているのだが、いかんせん襲撃部隊と華清池守備部隊では兵力差がありすぎるる。襲撃部隊の攻撃はまさしく「制圧」というのにふさわしく、後半ではほとんど守備隊は皆殺しという感じになる。

Cap1101

華清池を攻める東北軍

 そこにはこの襲撃の「英雄性」よりもむしろ「暴力性」が前面に出されているような気がするが・・・・・・どうなのだろう?




ピックアップシーン

孫銘九「もう一度だけ、貴様らに厳命する! 華清池の第二門をくぐった後は、抵抗する者は見つけ次第殺せ! 30歳前後の相手ならば、発砲を許可する。40歳前後の相手ならば取り押さえろ。その人物が抵抗しない限りは、発砲を許可しない。もし貴様らが痩せてハゲている男を見つけた時は・・・・・・よく聞いておけ!・・・・・・何があっても絶対に発砲するな! その男は蒋委員長である可能性が高い。ただちに彼を保護し、劉師長にわたせ! わかったか!?」

兵士たち『はいっ!』

劉多茎「出発!」

兵士その1「あのっ、営長、質問であります。もし委員長が流れ弾に当たってしまったらどうしましょう?」

孫銘九(兵士を殴って)「ばかやろう! 流れ弾も当てるな!」

兵士その1「はいっ!」

 いよいよ華清池に出撃するに至って、部隊にもう一度厳命(蒋介石は絶対に傷つけるな)を下す営長(大隊長)の孫銘九。

 ・・・・・・って「流れ弾も当てるな」って、そういうことができない弾だから流れ弾なんじゃないか?  とりあえずおまえがまず落ち着けよ、ってセリフですな。

孫銘九「委員長はどこだっ!?」

劉圭五「布団がまだ暖かいです!」

兵士「軍服も残っています! まだそう遠くには逃げてないはずです!」

孫銘九「探せ!」

 

「布団がまだ暖かい(被窝还是热的)」キッターー!

 西安事変の有名なエピソードですね。蒋介石が間一髪のところで部屋から逃げ、部屋に誰もいないのを見て襲撃部隊の連中が「しまった、逃げられた。失敗だ」と一瞬思いかけたところで、機転の利く兵士が布団に手をつっこみ「まだ暖かい」こと確認→「遠くには行っていない、挽回のチャンスあり」とみなが気を取り直すシーン。

Cap1100

蒋介石のベッドに手を入れ、まだ暖かいことに気がつく

 ここでこの兵士が布団の暖かさを確認したことで、すばやいその後の対応ができたわけだから、こんな状況でとっさにそんなことした兵士もなかなかグッジョブである。

 さて、次回は西安事変も本格化。西安市内の制圧と蒋介石の捜索の話ですよ~。

 以下はBLですよ(反転)。

 

続きを読む "『西安事変』第26話~27話(ついに西安事変勃発)" »

2010年10月22日 (金)

『西安事変』23話~25話

あらすじ

 華清池で温泉に入る蒋介石。同行した楊虎城は内戦停止の説得を試みるが、うまくいかなかった。

 張学良は武術に覚えのある部下・劉圭五を呼び出し、蒋介石を暗殺できるかどうか尋ね、彼に考える時間を三日与える。楊虎城も蒋介石の説得に失敗したことを聞いた張は、今度こそ迷うことなく「最後の手段」に訴えることを楊に告げ賛同を得る。

 柳葉児ら東北大学の学生たちが12月9日に西安市内で抗日を訴えるデモを行うのを許可してくれるよう張学良に頼みに来るが、大事の前であるので張と楊は学生達を止める。しかし納得できない学生たちはデモを強行すると言って去り、張学良は楊虎城に警備名目で部隊を派遣し学生達を守ってくれるよう頼む。

 蒋介石の暗殺を依頼された劉圭五は、親友二人につい相談してしまう。しかし、うち一人は実は省憲兵隊の人間であり、この事を密告しに行ってしまう。雷剣邦は華清池に厳重警備を敷き、密告を知った張学良はこれ以上の猜疑を退けるためいつも通りにふるまうが、学生達は市内で抗日デモを強行した。

 デモの様子を眺める鐘笑天は「日本の大臣たちはなぜ中国の人々の怒りを直視しないのか。かつて大帝国を築き上げたこの国の底力を軽視してはいけない」と本鶴に諭す。

 葉柳児ら学生は、請願のため華清池の蒋介石の元へ向かうことにする。それを知った蒋介石は、学生らを取り押さえ従わない者は暴徒として殺すよう張学良に命令する。さらに甥の蒋孝先に周辺を武装兵で固め、近づくものは射殺するようにも命じる。

Cap1091

学生たちに銃を向ける兵士たち

 蒋孝先の率いる武装兵は、学生達に銃を向け学生達は死を覚悟で請願に向かう。蒋が発砲を命じた瞬間、間一髪で駆けつけた張学良が彼らを止め、学生たちを説得することにする。学生達は命をかけて蒋介石に会いに行く覚悟を語るが、張学良はその情熱に対し自分は一週間以内に応えると言う。

Cap1083

蒋孝先に銃を向けて止める張学良

 学生達から預かった手紙を張は蒋介石に届けるが、蒋介石は学生達をののしるばかりであった。再び騒ぐなら学生らを殺すよう言う蒋介石に張学良は自分に銃を突きつけ、彼らを殺すなら自分も死ぬと迫るが、取り押さえられてしまう。蒋介石は張を対共産党殲滅作戦からはずし、作戦部隊を再編することにする。

 張学良は自宅で趙一荻にかつて東北軍閥時代に内紛を止めるため父・張作霖の時代から師とも仰いでいた部下を殺した時のことを語る。決断がつかなかった張はコインを投げて天意を問うた。天意は三回とも「殺すべし」との結果を出した。しかし今、自分は蒋介石を捕らえ抗日を迫ろうとしているが、かつてのように天意は問わない。これは民心なのだから、と。

  張学良は東北軍の幹部を、楊虎城は西北軍の幹部をそれぞれ集め、ついに蒋介石を逮捕して抗日を迫る計画を打ち明ける。張学良は、自分についてくるかどうか部下に考える時間を与える。結果は全員がついていくことを決心し、張学良はみなに感謝する。その頃、蒋介石は12月13日に西安を発ち、張学良を処分する決定を下すことを国民党幹部らに明らかにする。

 二人は決行を12月13日の早朝とし、楊虎城は訓練の名目で、西安の要所要所に部隊を配置する。張学良は東北軍の情報部を通じて、西安にかかってくる一切の電話を受信し、また必要な時は西安と外部の連琢を断てるよう処置する。

 一方、西安郊外では、省憲兵に張学良の蒋介石暗殺計画を密告した東北軍の二人が雷剣邦に殺された。鐘笑天は独自ルートで張学良が何か事を起こすことをつかみ、南京の特務のトップ・載笠に報告する。載笠は、侍従長の蒋孝先と雷剣邦にすぐに蒋介石を西安から離すよう指示するが、先日の蒋介石暗殺計画騒ぎにふりまわされたあげく何もおきなかったことにこりた彼らは、その指示を軽視してしまう。その一方、雷は張学良と楊虎城の監視を強化することにする。

 楊虎城は、自分が幼い時に清朝に逆らったため処刑された父親の位牌に己の決意を報告し、あなたの息子らしいふるまいをすると誓う。張学良は趙一荻と二人が出会った頃の話をし、彼女に財産を分与してヨーロッパに行くよう勧めるが、一荻は泣き出してしまう。雷剣邦の監視が厳しくなったことに気がついた張学良と楊虎城は、互いに直接会うのは避け、内部にスパイがいることに気づきはじめる。

 趙文青によって楊虎城の家に招待された鐘本鶴に、鐘笑天は楊主任へのお礼だ、といって高価な酒を土産に持たす。本鶴は酒の入った箱を持って楊虎城家に入り・・・・・・



感想

 12月8日から11日正午までの動きが描かれました。(西安事変は12月12日勃発)
 

 個人的には学生たちの12月9日デモとそれを軍に発砲させてでも止めさせようとする蒋介石の様子がけっこうあっさり書かれていたのがちょっと不満かな。このドラマでは張学良が蒋介石の逮捕を決めたのがこのデモ弾圧騒動とは無関係、つまり蒋介石のあからさまな暴挙がまずあってそれによって張学良が愛想を尽かした、という構図は取らないようである。そこに何か監督のスタンス(史観)が見て取れるようでおもしろい。


 あと、展開的におもしろいのは、張学良が武芸に覚えがある部下の劉圭五に「蒋介石の暗殺」を依頼し(本当は劉の覚悟のほどを見極めようとしただけなのだが)、真に受けて思い悩んだ劉は友人にうっかり相談してしまい、その友人がすぐさま特務の省憲兵に密告に走る(笑)という場面。それで省憲兵も、蒋介石の身辺警護の総責任者である蒋孝先も厳重警備を敷くわけだが、張学良はいつも通りに振る舞ってこの危機を回避。そして、禍転じて福となるとのごとく、この後これが思わぬ展開につながっていく。

 すなわち何にも起こらなかったことで、蒋孝先は「俺たちを振り回しやがって」とばかりに省憲兵部を罵倒し、省憲兵部の雷剣邦と蒋孝先の間に大きな亀裂が入った。そして次に載笠から「何か起きそうだから蒋介石を避難させろよ」とか指示が来ても両者は連携しないばかりか、その指示を軽視(つーかスルー)してしまう。まさしく「狼が来た」論理。ここに張学良たちが西安事変を起こすのに有利な条件が生まれた。

 単に張学良の危機かと思われていた「蒋介石暗殺(勘違い)計画」密告事件が、実は伏線となってこんなふうに回収されるとは。なかなか見事なストーリー構成である。

 ・・・・・・しかし冷静に考えれば、せっかく情報を掴んで万が一に備えていた憲兵に対して、何も起こらなかったからって罵倒するのはひどいよね。何か起これば良かったのかよ。何も起こらなかったのは「元々そんな計画はなかった」じゃなくて「事前に万全に備えていたから犯行が断念された」とかちょっとは考慮してあげればいいのにね。まあ、それで罵倒されてうんざりしてやる気をなくす雷剣邦も特務としてどうかと思うが・・・・・・この張学良たちに振り回されぱなしだもんね、そろそろ田舎に帰りたくなっているのかもしれない。




ピックアップシーン

真理

鐘本鶴「父さん、ラジオで聞いたんだけど、今日はどこの大都市でもデモが起きているみたいだ。上海、武漢、北京で日本製品が燃やされて、成都では抗議の焼身自殺をした人までいるって」

鐘笑天「・・・・・・そうだな。東京の大臣たちは誰もが中国人のことをばらばらの砂のようだと言っている。彼らこそこの光景を見るべきだ。私は本当に理解できない。大臣たちはなぜこの国をああも軽く見ているのか。まさか今のこの国を大清王朝の頃と同じだとでも思っているのだろうか? ・・・・・・本鶴よ、覚えておきなさい。おもえがこれから生きていくこの国は、かつて世界最大の帝国を作り上げた。大唐の長安は、今の西安の十倍も大きかった。古代ローマの七倍も大きかったのだ。決してこの国を軽く見てはいけないよ」

Cap1092

デモの様子を眺める鐘親子

 鐘親子は中国名を名乗っているが、二人とも日本人である。鐘笑天は元大陸浪人のスパイで今は国民党特務のスパイ、彼の養子の本鶴の父は笑天の親友の日本軍人の遺児と二人してなかなか複雑な経歴の持ち主である。その二人、特に笑天がしみじみと上のような示唆に富んだセリフを語るこのシーンはなかなか深いものがあった。

 笑天は中国文化に耽溺する本鶴に「日本人の誇りを忘れたか」とか「日本軍人の息子としての気概がない」などと叱ったりしたこともあり、なかなかどういうスタンスの人物なのか分かりづらいが、少なくともこの時、本鶴に語りかけた言葉には彼の真実の思いが込められたいたように思える。

 実は映画『天安門』の日本人キャラ・上野の時も思ったのだが、(まだ二作しか見てないけど)『西安事変』および『天安門』の葉大鷹監督の描く日本人は何とも自然体であり、かつ複雑で、上のようなセリフを言うのも不自然ではない。そんな興味深い日本人像を作るのに長けた監督なのだ。



天意と民心

張学良「私は普段、迷信なんて相手にしない。ただこの件(自分と対立する張作霖時代からの重臣を粛清すべきか)の時だけ、天意とやらに問うてみることにした。それで、私はこの銀貨を出し、もし自分が彼らを殺すのが正しいことだとしたらコインの表を出してくれ、と天にまかせた。最初の一回を投げ・・・・・・そして二回、三回と投げてもコインはすべて表だった・・・・・・当時、私のそばには妻の鳳至がいて、私は彼女に「もう一度、試してみよう。今度は、この張学良が彼らを殺すのは正しいと言うなら裏を出すように天に託して」と。また一回、二回、三回投げたが、私は怖くてコインの面を見ることができなかった。私の代わりに結果を見てくれた鳳至は、泣いた。彼女は言った。「漢卿、あなたは彼らを殺さなければいけない」私もコインを見てみると、やっぱり裏が出ていた。私は深くため息をついた。「これが、天意、か」それから後も私は、自分では決めかねる時に使おうとずっとこのコインを持っていた・・・・・・」

趙一荻「・・・・・・それで、あなたはまた天の意思を問おうとしているの?」

(趙一荻、机の上に張学良が蒋介石と一緒に撮った写真があるのを見つけて)

趙一荻「あなた、まさか蒋委員長を殺すつもり!?」

張学良「黙れ! 俺がいったいどれだけ長く委員長についてきたと思うんだ!? 彼とは親子も同然なのだ、俺が彼を殺せるわけがないだろ。・・・・・・ただ俺は、彼がこれ以上道を誤り、国民から離れていくのを見たくないだけなんだ」

趙一荻「ならなにをするつもりなのよ!?」

張学良「彼を逮捕する。そして抗日を迫る」

(中略)

張学良「私には選択の余地はもうない。これは天意ではない、民心なのだ(这不是天意,是民心)」

Cap1093

張学良と蒋介石のツーショット写真

 1930年、張作霖の後を継いだ張学良は、蒋介石への帰順や日本との関係を巡って老臣と深刻な対立をした果てに、ついに反張学良派のトップ二人を粛清して騒ぎを収めた。二人は祖父の時代から張一族に仕え、張学良にとっても師や叔父も同然の相手であり、張学良は彼らの処遇を自分では決意できず、「天意」に問うてみたともいう。そして違う方法で6回もコインを投げたのに結果はすべて同じ、「彼らを殺し、東北を安定させるべし」という「天意」であった。

 かつて重大な決断を「天意」にゆだねてしまった張学良。その後もいざという時は「天意」を聞こうと考えていたが、西安事変を起こすにあたって、彼はもう「天意」を問おうとはしない。なぜなら「内戦停止、一致抗日」は「民心」なのだから、と。

 「天」から「民」へ。実に印象的な対比であり、東北を追われ西安で人々の心からの声に直面した張学良の変化をよく表している、と思う。




親と子
 

最後に、特に良かったのが、楊虎城がかつて清朝に殺された父の位牌の前に跪き、自分の決意を語るシーン。

楊虎城(父さん、虎城は愚か者ですが、あなたの篤実と義侠心は確かに受け継ぎました。あなたは可老会(中国の民間に広く存在する秘密結社)に参加して清朝に反旗を翻し、ついに逮捕され、しばり首になった。西安の広場での処刑前に、あなたは私に6つの文字を与えてくださいましたね。「良き人に成り、正しき道を行け(作好人 走正道)」その年、あなたは四十三歳で私は十四歳。私はあなたが殺されるのをこの目で見、一人であなたのさらし首を荷車に載せて西安から家に戻った。今年、その私もまた四十三歳になりました。政権は変わりましたが、この国はいまだ安定せず、外国からも侮辱されて続けています。虎城は生涯あなたの遺訓を守り、それを怠ることは決してしません。今この時、民族のため、国家の独立のため、民の生活を安定させるため、私達の祖先のため、そしてあなたのために、楊虎城は事を起こします。禍福を省みず、生死を惜しまず、ただあなたにふさわしい息子であることだけを自己の励みとして)

Cap1090
父の位牌に拝跪する楊虎城

 
 一介の農民であった楊虎城の父は、清朝末期、虎城が14歳の時に反乱軍に加わった容疑で首を切られてさらし者にされた。虎城は残された母と弟妹を養うため兵隊になり、いつのまにか西北軍閥のトップにまでのしあがったのである。

 その楊虎城が中国民族服を着て、父の位牌に拝跪シーンは印象的。

まあ、そんな虎城も娘にはデレデレらしく(笑)、蒋介石逮捕の具体的な方法を腹心たちと話し合っている最中にかかってきた趙文青との電話にすっかり頬をゆるめ、部下どもに見られているのに気づいて、「いやぁ、ちょっと明日娘と一緒に昼食とる約束を。いったん事を起こしたらもうそんなことはできないかもしれないし」と苦しい言い訳をするのだが。

Cap1094

 娘からの電話でニコニコ顔の楊虎城

 しかし趙文青はその昼食会に彼氏の鐘本鶴を呼ぶつもりだ。「うちの娘に恋愛はまだ早い」とかのたまっていた楊虎城にとって、大ショックかもな(笑)

2010年10月 7日 (木)

コメントレス

コメントありがとうございますです。 


>2010.9.9 『八路軍』2話~4話へのコメント

 お返事がだいぶ遅くなってすみません・・・・・・。まだこちらを見ていただけているかわかりませんが、どうぞこれからも遊びにきていただけると嬉しいです。また中国ドラマ視聴方法の情報もありがとうございました。

 さて、張浩の出世の速さについてですが、私もご推察の通り「コミンテルンの使者」というのが大きかったと思います。特に仰られるように毛沢東の地位を安定させるのに役立った点に加え、「コミンテルンからの~」という地位を毛沢東らに使われ、当時の最大のライバルであった張国トウとの争いの調停役になって毛を助けた点もその後の重用に繋がったと思います(本当は彼は「連絡員」なのでそんな権限はなかったと思うのですが・・・・・・まあ使われてしまったのでしょうね)

 ・・・・・・ただ、実際の歴史的分析としてはそうなのでしょうが・・・・・・ここからは伝記とか読んでの私の妄想なのですが、いくら「コミンテルン」が絡んでいるからって、張浩ってそういうイメージのキャラではないのですよね。ぶっちゃけ彼はちょっと窓際族っぽいというか、コミンテルン(またはモスクワの中国グループ)の中でも存在感なかったんじゃないかと思います。だいたい「使者」なんてあの状況で重要な人にはやらせられないでしょう(彼の前に連絡を取りにいった人は、途中で死んでしまったぐらいですし)。しかも彼は王明とは基本的に対立する関係にあったわけですし。

 王明や博古なら、若くてもコミンテルンのバックがあって指導的な立場になれたのはまだわかるのですよ。やっぱりちょっと頭固くて力不足だったのは本当だけど、それなりにきらめく才能があったからスターリンとかの目に留まったのだと思います。・・・・・・でも張浩はねぇ~ちょっとイメージ違うというか。決して才能が無いわけではないんです、ただその才能が地味なのです(笑)。(実際彼は日本占領下の満州の地下組織のトップを勤めてもいるので実力はあるでしょう・・・・・・まあ、上海の中堅党員から日本軍支配地域のトップになるのは出世なのか体のいい左遷なのか微妙なところですが) 

 「俺が俺が!」と人の前に出ようとする人々の中にあって、一歩下がってマイペースに仕事をしているイメージ。なので実は役に立っているんだけど気づかれない・・・そんなタイプ。なので私自身も「コミンテルン」が関係あるんだろうなぁ、と理性(笑)ではわかっていながら、やっぱり謎のままだったのですよ。なので帰国して(毛沢東らの都合で)いきなりとんでもなく出世して、本人は一番驚いて、しばらく落ち着かなかったんじゃないかと

 なにはともあれ、詳細な解説ありがとうございました。だいぶ中国近現代史にお詳しいのですね。(私がうっかり妄想語りしてしまうかもしれませんが)またいろいろご教授お願いします。何より「張浩」の存在を知っている日本人がいるなんてびっくりです!(研究者とは知っているでしょうが)と言うか張浩好きな私としては嬉しかったです。



>2010.9.25 『太行山上』ピックアップシーンへのコメント

 このわけのわからない(笑)ブログにコメントありがとうね。

 メールでも書いたけど、「あの濁流の中で会話が聞こえるのか」には笑ったわ。ついでにびしょぬれだろうね。本当になぜ司令部組はわざわざ滝つぼまで行って会話しているのか・・・・・・いくらでも静かで濡れないとこはあっただろうに。




>2010.10.1 映画・ドラマで学ぶ中国語(1)へのコメント

 お忙しい中コメント&中国お誕生日メッセージ(?)ありがとうございました。

 しっかりした目標に向かってすごい努力をされているようで、感服します。私などは失業以来、日々を漫然と過ごしてしまっていて・・・・・・お恥ずかしい・・・・・・。

 毎日たいへんだと思いますが、お体にはくれぐれもお気をつけて(60過ぎの知り合いによく言われるのですが、若い間は無理しても大丈夫そうに思えるだけど年取ってから体壊すよ、とのことです)。と言うか、目標が叶えられた時もどうぞ無事に戻ってきてください・・・・・・。むしろそういうのが必要でない世界になっていたら一番いいのですが・・・まだ当分は悲しいことに必要みたいですね・・・・・・。

 旧ソ連の映画はまだ見たことがないのですが、ソ連映画もユニークで芸術的でおもしろいのがありそうですよね!そして某作品のリアル俳優探しとは、楽しい見方ですね。

 スメドレーはやっぱ朱徳に片思いっぽく描かれるのが多い気がしますね。『太行山上』はちょっとだけ朱徳の側にも彼女に対する感傷的なものがありましたが、他はほとんどおてんばな娘を見るよう目でスメドレー見てました・・・・・・。スメドレーが「西洋風」の別れ方を要求するくだりは、ちょっと以前読ませていただいた小説を思い出しました(相手違うけど)。独身男性自体が少ないのでなかなか難しいですね。

 彭総がステキなドラマはけっこうありますね。私としては『八路軍』の彭も良いのですが、一番は『延安頌』の彭です。どっちも役者さん同じで王朝柱という著名な革命ドラマのシナリオ家によるものです。なんか毛沢東のこと大好きっぽい。彼の描く彭はなかなか良いですよ。あと、私もまだ見ていませんが、彭総が主役の映画でその名も『彭大将軍』と『彭徳懐在三銭』というのもあります。

 それでは遊びに来ていただきありがとうございました。具体的なことは本人にしかわからないようにレスをしたつもりですが、万一ここでそう書かれては困る、第三者にも伝わってしまいそうなことまで書いてしまったいたらお手数ですがご連絡ください。消去します。

2010年10月 5日 (火)

『井崗山』人物紹介

全36話のドラマ『井崗山』も17話まで来ました。・・・・・・『西安事変』ともどもこのペースはヤバイと思って焦っています(汗)。一年かけてドラマ2つ紹介できるかどうかのペースって・・・・・・。

 まあ、とりあえず人物紹介。17話まできてもいまだに合流していない毛沢東と朱徳ですが、先に言うと、19話でやっと「井崗山会師」を成し遂げます。各自の役職などはその後いろいろ変わっていきますが、この紹介欄では17話までの役職で行きます。基本的に人物紹介は、このドラマで語られていることをベースにしています。

  ・・・・・・ところで、私ずっと毛沢東の弟のもうたくたんの「たん」の漢字を「譚」だと思って表記してきたけど、「覃」が正解だったみていです・・・すいません。(あと「粟裕」の読み方がわからないのだけど・・・一応「ぞうゆう」ってしといた。ちょっと変わった名前だと思っていたら少数民族の出身なんだな・・・この後の十大大将は)




主役級

毛沢東(もうたくとう)

Cap1071 

中国共産党中央委員

34歳~。字は潤之。

1927年、国共分裂後の武装蜂起で、湖南省の農民蜂起・秋収蜂起を指導。失敗後、革命には根拠地が必要だとして蜂起軍=紅軍を率いて井崗山を確保し、そこを拠点に周囲に勢力を伸ばす。三大規律など厳格な規律を制定して革命軍としての紅軍を構築していく。ヘビースモーカー。ドラマ中ではお姫様化が激しい。



朱徳(しゅとく)

Cap1074

南昌起義(蜂起)総指揮官。

41歳~。字は玉階。

国共分裂後の、共産党武装蜂起の核心である江西の南昌起義の総指揮官。紅軍の創設者。南昌蜂起失敗後、紅軍を率いて各地を転々としたり、かつての友人に軍隊ごと匿ってもらったり、結婚したりしながら井崗山の毛沢東との合流を目指す。


賀子珍(がしちん)

Cap1078

井崗山婦女会会長

18歳~。

井崗山の少女英雄。共産党員。二丁拳銃の使い手で乗馬技術も相当のもの。袁文才の妻の梅香と義姉妹の契りを結んでおり、その関係で袁とも義兄妹関係。気が強く行動力と勇気に富む少女で、井崗山の首領である袁文才と王佐も彼女には振り回されっぱなし。人の話も聞かず、とりあえず銃を用いた実力行使に出ることもしばしば。以前から毛沢東の論文を読み込んでおり、実際に出会う前から彼の大ファン。



井崗山組(+毛沢東の秋収蜂起軍)

袁文才(えんぶんさい)

Cap1077

井崗山山賊首領・紅軍第28団団長。

29歳~。字は選三。

井崗山・茨坪(井崗山は一つの山ではなく山脈である)一帯の山賊の首領。共産党員。かつて教師を志していたが挫折し、緑林(在野の反権力的義侠集団)の徒となる。もう一人の首領・王佐とは義兄弟の仲。井崗山の山賊らの中で唯一文字の読み書きができるため大変尊敬されている。一時は毛沢東の紅軍が井崗山に入るのを阻止しようとしたが、毛沢東に自己を認められたためすっかり彼にほれ込むようになった。最近は毛沢東への愛にますます歯止めがかからない。



王佐(おうさ)

Cap1079

井崗山山賊首領・紅軍第28団副団長

29歳~。字は南闘。

井崗山の黄洋界一帯の山賊首領。文字の読み書きが出来ず、インテリの袁文才を義兄として大変尊敬している。最初は反発していたが、毛沢東を受け入れて以来、最年長の毛を長兄、袁を次兄として慕っている。



陳浩(ちんこう)

Cap1080

紅軍団長。

共産党員。紅軍が茶稜という町を攻略した後、当地の管理を任されていたが、地主の土地没収問題での毛沢東との対立や女性問題を起こす。身の危険を感じて国民党軍に寝返ろうとしたところを逮捕され、粛清された。



羅栄桓(らえいがん)

Cap1081

特務連党代表

25歳~。

「メガネの羅」と呼ばれる。その手腕を買われ毛沢東の秘蔵っ子と言われている。




南昌起義組(朱徳軍)

陳毅(ちんき)

Cap1073

紅軍党代表

26歳~。字は仲弘。

朱徳とともに南昌起義を指揮。失敗後は、朱徳を補佐してともに各地を転戦する。



王尔琢(おうじたく)

Cap1076

紅軍参謀長。

24歳~。

朱徳,陳毅とともに南昌起義軍の中核を為す。



毛沢覃(もうたくたん)

Cap1082

22歳~。字は潤菊。

毛沢東の二人の弟のうち下の弟。毛家三兄弟の末っ子。起義時は、朱徳の元に派遣されていた。その後、毛沢東と朱徳の連絡係として朱徳軍と井崗山の間を行き来する。あまりに兄と顔が似ているので間違って捕まったり、替え玉を務めたりしている。顔がそっくりなのは史実通りらしい。見分け方は、タバコを吸うのが毛沢東,吸わないのが毛沢覃。お兄ちゃんが大好きで素直かつけなげ。ホワイト毛沢東。



林彪(りんぴょう)

Cap1083

中隊長。

19歳~。字は育蓉。

南昌起義の失敗で一度は隊伍から離れようとしたが、その軍事的才能を朱徳に見出されてわざわざ司令部から作戦の意見を求められるまでになっている。極度の無口無表情で、質問の仕方に気をつけないと必要なことも言わない。口にこそ出していないが、内心で陳毅や王ら司令部の人間よりも自分のほうがずっと優秀だと考えているのではないかと思われる。おとなしそうな顔してやることは過激。



粟祐(ぞうゆう)

Cap1067

中隊党代表

19歳~。

一度は戦闘で重傷を負い部隊から脱落するも、自力で合流する。寝る間も惜しみ、側に人が来ても気づかぬほどの集中力で軍事の勉強をしている。




その他オリジナル人物

陳開財(左)&林若娜(右)

Cap1084

 陳開財は紅軍を罠にかけ、毛沢東の部下を殺して以来、彼らと奇妙な因縁ができる。仕えていた土匪の伊壁整は紅軍の力を借りた宿敵・王佐に滅ぼされ、付近の悪徳県長に拾われるもその県長はすぐに紅軍に打倒され・・・・・・となぜか紅軍によって次々勤め先がなくなっていった彼は、その後は意識的に紅軍と敵対すべく討伐に来た国民党軍に取り入り、打倒紅軍のために便宜を図るが、あまり役に立っていない。片目が義眼。

 林若娜は元は陳開財を拾った悪徳県長の派手な妾だったが、県長が紅軍に打倒されると、陳浩に取り入り囲われ者になる。陳浩を紅軍から離反するようそそのかした後は、陳開財とともに討伐に来た国民党軍将軍らに取り入り、紅軍を倒すことに執念を燃やす。田舎権力者の悪妻(妾)、清純な三つ編み女学生もどき、軍人たちに混じって颯爽と馬に乗りこなす女傑・・・といくつもの顔を見せる峰フジ子的女。



鐘大竜(右)&方小鳳(左)

Cap1085

 土匪・伊壁整に攫われていた夫婦。二人逃げ出せたが、鐘大竜の妹は伊壁整に殺され、その復讐のために紅軍に参加する。その後、鐘大竜は仇をとることができ、方小鳳も彼の子どもを妊娠する。

 しかし、陳浩の裏切りを毛沢東に伝えようとした鐘大竜は陳浩に殺され、皆は方小鳳が無事子どもを生むまで彼の死を隠すことにしている。

2010年10月 1日 (金)

中国映画・ドラマで学ぶ中国語(1)命乞いの方法

国慶節快楽! 中華人民共和国61歳のお誕生日おめでとー


 さて、『中国映画・ドラマで学ぶ中国語』。1回目ですので特に実用的な言葉、殺されそうになった時、命乞いをするために使える言葉、を紹介します。



「我有八十歳老母」


 使用ドラマは「狙撃手」1話&13話。前回言っていた「今まで紹介したドラマから」とかをいきなり無視してすんません。「狙撃手」は抗日戦争を題材にした連続ドラマです。

容疑者”长官,冤枉啊!我们什么都不知道! 我上有八十岁老母!”(『狙撃手』1話)

訳:容疑者「長官、私は無実です! 私たちは何も知りません! 私には世話をしなければならない八十歳の老いた母がいるんです!」

方儀球”俺们家还有八十岁老娘呢 !大少,救救我!”(『狙撃手』13話)

訳:方儀球「俺の家には八十歳の老いたおふくろがいるんです! 大少(主人公の呼び名)、助けてください!」

 

  上記の”我有八十岁老母”は、1話と13話で使われ、1話ではスパイ容疑で中国軍の特務に捕まった商人(?)が、取調べの場で無実を訴えながら慈悲を請う場面。

 13話ではかつて軍隊から逃げ出し、再び戻って来たものの逃亡罪(銃殺刑に処される)で捕まった兵士・方儀球が、かつての上官である主人公(大少=若旦那と呼ばれている)に助けを求めるシーン。

 

 では一つずつ見ていきましょう。

・我wo(3)

=私

・上shang(4)有you(3)

=老人を抱える。これは「上有老,下有小」=「(扶養すべき)老人や子どもを抱えている」という慣用句の前半部分が元になっている。

・八ba(1)十shi(2)岁sui(4)老lao(3)母mu(半3)

=八十歳の老いた母。

・俺an(3)们men(軽)家jia(1)

=おいらの家。中国の一人称は「我」だけと言われることが多いが、他にもこの「我」の粗野な言い方として「俺」がある。「俺」の場合は、「オレ」「おいら」などと訳すのが適切。田舎者や教養の無い者が使う人称であるが、怒りでぶち切れた場合にも使用される。

「俺们」は直訳すると「俺たち」「おいら達」だが、この場合「们」は、後ろの「家」との関係で「俺たち(家族)の家」という程度の意味であり、またこのセリフが発せられた場面に方儀球の家族も居合わせていないので、訳する際は無視していいと思う。・・・・・・たぶんそういう意味。

 また「家」は住居としての家という意味も「家族」という意味もある。しかし、日本語で「家」と訳せば両方の意味を包括できるので、「俺の家」とする。

・还hai(2)有you(3)

=まだある(いる)。・・・・・・扱いに困る「还」・・・・・・。まあ、この場合は「有」の強調表現程度に考えて、訳すときは「いる」ぐらいでいいんじゃないかと。

・八ba(1)十shi(2)岁(4)sui老lao(3)娘niang(2)

=八十歳の老いた母。

「母」を表す言葉には「母亲」「妈妈」「娘」などがある。

このうち「母亲」はややあらたまった言葉。「老母」というセリフには発言者の教養が感じられる。一方、「妈妈」「娘」は一般的な言い方。ちなみに「老娘」とは言うが「老妈」とは言わないようだ。



 この「有八十岁老母」という言葉を『狙撃手』1話で初めて聞いた時、私はこの発言者(容疑者)に本当に80歳の母親がいるものだとばかり思っていました。実際、この人物の年齢からすれば、80歳の母親がいても不思議はなかったからです。

 しかし。

 再びこのセリフが発せられたのは『狙撃手』13話。発した人物は(年齢は明示されませんでしたが)明らかに20代後半から30歳くらい。・・・・・・・・・・・ぶっちゃけ、おまえの母ちゃんはいったいいくつの時におまえを生んだんだ!?、とツッコミを入れたいセリフですね。

 50歳過ぎての出産? 1930年代の中国(今でもだけど)で超高齢出産だな・・・・・・。

 

 というわけで、どうやら「80歳の母親がいる」というのは、どうやら命乞いの際の決まり文句のようですね(もっとも、このドラマの舞台が山西省なので、その地方のみで使われる決まり文句なのかもしれませんが)。

 実際、脱走の罪で捕まった時に「80歳の老いた母親がいる」と叫んで主人公に助けを求めた方儀球は、その後主人公が「何か家族に遺言はないか?」と尋ねた時、「長官、すんません。俺には実は80歳の母はいないんですよ」とばっちし答えてます。



 この命乞いの言葉の論理は、「80歳の老いた母親がいる」→「もう年だから俺が面倒を見なければいけない」→「だから俺を殺さないでくれ!」、ということなのでしょう。なんだか、「俺には妻子がいるんだー!(だから殺さないでくれ)」というのに似ています。って言うか、どっちの場合でも「老いた父」はどうでもいいようです。

 ともかく扶養義務のある家族を持つ人間を殺すということは、その本人のみならず扶養されていた家族にまで被害が及ぶ、最悪、彼らも生きていけなくなるかもしれない、そんな罪深いことをしてはいけない、ということ。



 さて、「八十歳の母親」がいるからなんだというんだ・・・・・・・・・ではなくて、何故「八十歳」の「老いた母」なのか?

 まず「八十歳」という具体的な年にあまり意味はないだろう。白髪三千丈、と同じく程度が著しいことを示すためのもので、この場合、”ひどく年をとっている”といることを端的に表現するための言葉でしょう。90歳だと非現実的すぎるし、70歳くらいだと何となく説得力が弱いのかもしれません(まあ、20世紀前半の中国で60歳過ぎというのは長寿の部類に入るでしょうが)。

 次になぜ「妻子」ではなくわざわざ「母親」としているのかについて。合理的に考えれば、「妻子」も夫が死ねばそれは苦労するだろうが、ぶっちゃけ再婚するという手が残っています。また「妻」が若ければ、大変ではあるが女手一つで「子」を育てることだってできるかもしれません。つまり「妻子」は、「夫」である自分が死んでも必ずしも共倒れになるとは限らないわけで、これでは命乞いとして押しが弱い。

 しかし「老いた母親」は?

 「老いた母親」の伴侶は同じくらい、もしくはそれ以上に老いていることでしょう。「八十歳」であれば伴侶には先立たれ、子どもだけに頼って生きている可能性が大です。さらに老いているなら今さら再婚も難しい。働くなんてまず不可能です。つまり子どもが死ねば、この何の罪もない母親まで生きていけなくなるのです。しかも、老い先短い中、子どもに先に死なれるショックはいかばかりでしょう?

 

 つまり命乞いの歳に「八十歳の母親」を持ち出すことは、中国伝統の儒教精神によって人々の心に深く根付いている孝行精神(親の扶養義務)や敬老精神に訴えかけるというなかなか奥の深い方法なのです。しかも「妻子」にあぶれている男はたくさんいるかもしれませんが、「母親」がいない人間はいません。しかも男はたいていマザコンだといいます。「母親」を持ち出すことにより普遍的な訴えとなるのです。


 というわけで、今回は命乞いのための中国語

「我有八十岁老母」

でした。

 ちなみにこれが命乞いの決まり文句になっているとすると、今さらそんなことを言っても誰も信じてくれないと思うので、効果のほどは保証できません。

 

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