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2010年9月15日 (水)

『西安事変』20話~22話

 1936年10月、張学良閻錫山とともに、蒋介石の元へ「内戦停止、一致抗日」の説得に行く。日本軍の山西侵略の可能性に大きな危機感を抱く閻錫山は、ついに蒋介石に向かって共産党よりも日本軍の方が脅威だと告げる。しかし、蒋介石は「共産党との合作を言う者は、漢奸よりも悪い」と言って己の意見を翻さない。

 すっかり失望し自分たちで自衛の方法を考えるべきだとする閻錫山に張学良は蒋介石が意見を翻さないなら自分は東北軍を率いて共産党に行くと打ち明け、閻もそれを支持する。

 紅軍は、王以哲から胡宋南軍が侵攻してくるという情報をもらう。王以哲は胡軍との連絡をわざと絶ち攻撃に協力しない一方、紅軍を心配する。紅軍総指揮官に任命された彭徳懐は、胡軍を飲料水のない地方に誘導した上で、彼らがわずかな水源に集まったところを包囲攻撃し、大勝を収める。

  張学良を静かな場所に誘った楊虎城は、故事を引いて蒋介石を捕らえ、彼を擁する形で張が天下に号令を出す案をほのめかす。しかし蒋介石に深く忠誠を誓う張学良には到底受け入れられない案であり、何も聞かなかったことにする。

 一方、満州から綏遠省(現在は内モンゴルと山西省の一部)に侵攻した関東軍を、博作義将軍の軍が撃退する。東北軍をはじめ多くの人々が喜びに沸き、抗戦への熱が再び高まる。

Cap889

 中国軍の勝利を喜ぶ西安市民たち

 楊虎城は、張学良と蒋介石の関係を不思議に思い、また妻に「この後に及んで臣下が君主の過ちを正す方法は二つしかない。一つは自殺を以って訴える、もう一つは反乱する」と胸のうちを漏らす。

 蒋介石は親共抗日意識が深く浸透している東北軍と西北軍を対共産党殲滅戦からはずすことを考慮し、さらに「抗日七君子」と呼ばれる7人の民主人士を逮捕する。

 七君子逮捕に怒った張学良は、極秘中の極秘の話しをするため楊虎城と三人の側近だけをつれて甘粛の知人の家で秘密会議をし、もしもう一度蒋介石を説得してだめだった場合は、「非常な手段」を用いて抗日を迫り、「天子を擁して天下に号令する」挙に出ることを決心する。

 「最後の説得」のために蒋介石と面談する張学良。しかし、激怒した蒋介石は「私が国家元首だ、私が政府」だとまで言い、張学良は多いに失望する。一方、蒋介石は督戦のため西安に行くことを決める。

 毛沢東アグネス・スメドレーのインタビューに応じ、共産党の方針と情勢分析を語る。   

 西安に戻った張学良は趙一荻に、昔自分はアメリカに行って医者になることを志望していた、と語る。しかし父の張作霖に「今の中国では医者が手術刀で一人を救う間に、軍刀で十人以上の人間が殺される、そんな中国で医者が何の役に立つ」と言われ、「結局、人の命を救いたかった自分は、人を殺す軍人になった」と自嘲する。また、蒋介石と決裂した苦悩を語る。

 西安にやって来た蒋介石は華清池に泊まり、側近や護衛の甥とともに国家の将来を語る。

  多くの国民党高官が集結した西安では、最大級の警備体制が敷かれ、高官たちが泊まるホテルは中央憲兵団の管轄となる。

 蒋介石は会議の場で有無を言わせず、対共産党殲滅の大規模な最終作戦を行う計画を話す。張学良と楊虎城は反対するが、すでにそれを見越していた蒋は、東北軍と西北軍が従わない場合は両軍を西安から追い出すという最後通牒を伝え、二人を追い詰める。

Cap1059

蒋介石の最後通牒に追い詰められる楊虎城と張学良

 蒋介石はさらに東北軍と西北軍の幹部を一人づつ呼び出し、意見を聞く。西北軍の馮敬業は楊虎城への不満と彼が共産党と内通しているらしいことを告げ、蒋介石の歓心を買う。

  今後の対応に悩む張学良,楊虎城,閻錫山。張学良は絶対に再び内戦をしないと心を決めているが、楊虎城にどうやって蒋介石の意見を変えさせるのか、と問われる。その時、苗剣秋ら東北軍の若手将校たちがやって来て、東北軍の者たちの抗日を願う血盟を見せ、東北奪還の思いを訴える。

 蒋介石の護衛を担当する彼の甥の蒋考先は、万が一に備え東北軍の警備隊を中央軍の警備隊に変えることを提案するが、蒋介石に却下される。

 1936年12月7日、これが最後のつもりで蒋介石話し合いに行く張学良。しかし、蒋介石は、「もうその話はうんざりだ」と言う。張学良もまた蒋を「兄」と呼び、「かつて東北を取り戻すため戦うとあなたが誓ってくれたから私はそれを信じて五年待った、私こそもう耐えられない」と本心を語る。さらに東北軍の将兵から託された血盟を見せるが、蒋介石は意見を変えない。

Cap1061

 東北軍が血の決意が書かれた青天白日旗(中華民国国旗)を蒋に見せるが

 絶望した張学良は自宅に帰って荒れ狂う。




感想

 ついに西安にやって来た蒋介石。21話目にして西安事変がカウントダウンに入りました。22話が終わった時点で1936年12月7日になっていたので、事変勃発まであと5日となったけど、張学良はまだ何も具体的には決めてない・・・・・・。

 ところで今回気になったのが、楊虎城の行動。

 張学良を連れ出した楊は、無言でホコリのたまった机の上に文字を書き、張に見せる。そこには・・・・・・

Cap888

「挟天子」

 この言葉は正史版三国志の「挟天子以令諸侯(天子を擁して(護持して)諸侯に命令する)」という言葉が出典だろう。

 つまり天子=蒋介石を従わせ、その名を利用して全国に抗日の号令をかけろ、というのだ。

 ・・・実は前々から思っていたことがある。

 西安事変の首謀者って張学良じゃなくて楊虎城じゃね?

 楊虎城が蒋介石の逮捕を考えつき計画して、張学良を説得して前面に立ってもらった・・・・・・西安事変に関する本をいくつか見ていると、そんな印象を持つ。楊虎城が前面に立たなかったのは、例え本当に正当な動機(抗日救国)によって行ったとしても単なる権力争いとしか認識されないからだ。対して張学良には、故郷東北を日本に奪われる、という背景があり、彼がこのような挙に出たのは抗日のためだということが理解されやすい。

 やはり張学良という人物を考えれば、蒋介石を逮捕して言うことを聞かせる、などということを彼が自力で考えつけはしないだろう。ただ自分では考えつきもしなけど、一連の経緯を経て1936年の秋頃には、その提案を誰かがすれば受け入れることは可能だったと思う。

 ただ、前面に立たされた、とは言っても楊虎城に騙されてとか利用されてというわけではない。立案したのは楊だが、その計画に賛同し「東北を追われた者」という自身の背景の意義を理解して、納得ずくでその役目を引き受けたのだと思う。

 そういう意味で、私は日本の西安事変研究が楊虎城を無視してきたのが不満だった。張学良は花があって(笑)研究しがいのあるのもわかるが、もっと楊虎城に目を向けろ! より重要なのは楊虎城じゃないかぁ~!って。・・・・・・まあ、今は変わったかな?

 とりあえずドラマ『西安事変』は、このまま楊虎城首謀説でいくのかな?

 あと、閻錫山。やっぱり閻錫山も西安事変には大きく関わっていたのかな?このへんは全然知らなかったけど、ちょっと調べてみる価値はあるかも。



 ところで「最後の談判」(←何度も「最後」がある気がするが)で、張学良が本音で話す時、蒋介石のことを「哥哥(兄さん)」と呼ぶのだが・・・・・・見事なまでに似合わないなぁ。兄弟萌えな私にとっては「哥(兄)」という中国語は中国語の中で一番美しい言葉なのだが、今回は萌えられなかった(びっくりしたけど)

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