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2010年4月15日 (木)

『井崗山』7話~11話

7話~11話 あらすじ

 井崗山の住民に歓迎される紅軍。袁文才毛沢東のために家を用意するが、毛は井崗山に行くことに反対し続けている余洒度に譲り、賀子珍の用意した八角堂に住む。毛は余と話し合うが、二人の溝は埋まらない。一方、流浪を続ける朱徳の南昌起義部隊は、元戦友で蒋介石に思うところのある国民党の将軍の范石生の元へ身を寄せる。

 袁文才は未だに毛沢東に会おうとしない王佐に面会を勧めるが、王佐は毛を警戒して会おうとしない。紅軍は勢力を拡大するため、茶陵に向かって進軍する。しかしその途上で、毛のやり方についていけない余洒度は、党中央の元へ去ってしまう。一方、周恩来ら党中央の元にもコミンテルンから毛のやり方を認められないとの通告が来ていた。

 入党したい兵士たちに入党宣誓をさせながら進軍する紅軍。しかし王佐が、宿敵・伊整壁の軍団に包囲され危機に陥っていると聞き、紅軍は彼を救いに急行する。危機を救われた王佐は感謝するが、紅軍は疲弊し軍紀が緩む。毛沢東は「買い物は公平に」など人民の軍隊としてふさわしい三大規律を定める。朱徳の元から派遣された毛沢譚は兄の居場所を突き止め、兄弟は再会を喜ぶ。

Cap123_2

毛沢東が二人!(ではありません)

 毛は王佐とともに井崗山で闘う方法を話し合う。一方、毛に派遣された何長工は朱徳の居場所を突き止めるが、范石生が朱徳とその部隊を匿っていることが蒋介石にばれてしまう。蒋は范に朱徳の逮捕を命じるが、范は彼らを逃がしてしまう。蒋介石は怒り狂うが、強く出れば范石生の軍の反乱をまねくためどうしようもない。

 朱徳の部隊は、士官の胡少敏宜章という街の名家の出身であることを利用し、警備を騙して入城し、宜章を占拠する。一方、毛沢東の部隊も茶陵の攻略に成功する。毛は帰ってきた何長工に王佐の部隊を訓練する任務を与えるが、何は王佐は袁文才と違って扱いにくいと懸念する。それでも紅軍の協力でついに伊整壁を倒した王佐は紅軍に感謝する。

Cap12_3

警備兵を騙して城内に入る紅軍




感想(あるいは毛沢東と知識人・農民の関係についてつらつらと)


 ・・・・・・内容が無いよう・・・・・・


 思わず、死語を言ってしまいたくもなるほど、つまらなさの限界に挑戦しようとしているかのようなドラマである。

 もう見るのはやめてレビューもなかったことにしたくなるが、それでも私が見続け、また見て良かったと思う見所が、前回も書いたように「袁文才」の人物造形だ。

 はっきり言って彼一人を見るためだけに、このドラマは見る価値があるとも言っていい。・・・・・・まあ、100人中105人は、袁文才一人のためにこのドラマ36話を見ようとは思わないだろうが・・・・・・


 
6話のラストで毛沢東と会談し、己を評価されて以来、袁文才は坂を転げ落ちるような勢いで毛に心酔していく。それまで毛を警戒し、紅軍が井崗山に来るのを阻止しようとしていたのが嘘のようだ。

それどころか今やその表情からも雰囲気からも、以前にはあった「毒気」がすっかり抜けてしまっている。本来の彼に戻っただけなのかもしれないが。

Cap124_2

5話の袁文才

Cap128_2

10話。変われば変わるもの・・・


 今までは気概ある独立独歩の義侠の徒であり、あるいは井崗山の首領として曲がりなりにも一国一城の主であったのに、(言っては悪いが)今はほとんど毛の精神的下僕のようにさえ見える。

そもそもこのドラマ自体が、紅軍兵士や若手幹部たちに毛沢東がいかに慕われ、崇拝されていたかを描くのが目的の一つらしいが、袁文才のそれは、他とは一線を画しているように思える。彼の「毛沢東崇拝」には、何か人間の弱さ悲しさを見るような思いだ。ともかくただ毛の側にいられるのが嬉しくてしかたないらしい彼の一点の曇りもない笑顔が、むしろ哀しく見える(それは、私が彼の運命を知っているから、というのもあるが)。

監督の指示か袁文才役の役者さんの役作りの一貫なのかわからないが(でも後者のような気がする)、うまいなぁ、と思ったのが(すでに心酔モードに入っている)袁が毛沢東に合う前に、さりげなく身だしなみを整える場面だ。着ているのは山賊的な粗末な服なのだが、毛のいる戸を開ける前に襟元と袖を正す。まるで片思いの好きな人に会う少女のようである(←冗談ではなく)。そのささいな動作で、毛の前でぶざまなところは見せられないという袁の感情が理解できる。



 袁文才はなぜこんなに毛沢東に心酔してしまったのか? 

 そのポイントは、袁文才が「挫折した知識人」であるというのが重要だと思う(彼はかつて教師=当時は充分インテリ階級、を志して果たせなかったと言っていた)。ドラマはドラマであり、リアル歴史とあり程度以上に交差させるのは控えるべきだが(そもそも実際の袁文才がこういう人物だったかどうかも不明だし)、それでもこの点を深く考えると「毛沢東と知識人」についておもしろいことが見えてきそうなので、もう少しドラマが進んでから改めて考察したい。



さて、そんな袁文才と違うのが、彼の義兄弟で同じく井崗山の首領である王佐だ。彼は単純粗野で無教養だが義侠心には富んでいるという山賊らしい(?)山賊。当時、多くの中国の農民がそうであったように文字も読めない。

毛沢東は農民階級の支持を受けていたが、そうであれば、インテリである袁よりも農民に近い位置にいる王佐の方が毛を慕ってもおかしくない。しかし、かえって王佐は毛を警戒し会おうともしないのだ。

王佐「ええっと、こういう時はなんと言ったけ?」

部下「『旨そうな餌で魚を釣る』ですよ」

王佐「そう! それだ! ……俺はこれが毛沢東の餌なんじゃないかと心配なんだ」

袁文才「ははっ、俺と言う魚を釣るためなら、ずいぶんと立派すぎる餌だな。……南闘(王佐の字)、おまえは毛沢東という人に会ったことがないだろ? あの人は大きなことをやる人だよ。あの人に会って、俺は自分達がなんて器の小さな人間だったかを気付いた」

王佐「……選三(袁文才の字)大哥。俺達が義兄弟になってから今までずっと、俺はあんたのやることに文句があったことはない。だけど今回のことは、よく考えてくれよ。俺たちが井崗山を手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってんだよ」

袁文才「……南闘。俺はおまえをぜひ毛沢東のところに連れていきたいんだ。俺たち三人でいろいろ話し合おう」

そんな王佐も後に毛に好意を寄せ、自分の山賊部隊を改変するため紅軍の指導を受け入れる。王佐が態度を改めたのは、宿敵・伊整壁軍団に奇襲され危機に陥ったところを紅軍に救われ、しかも伊軍団を滅ぼす力を貸してくれたためだ。

一方、袁文才が態度を改めたのは、まず紅軍から大量の銃を贈られたことがきっかけとしてあったが、毛を崇拝しはじめたのは、彼と話し合ったからだ。つまり、「言葉」によって変わったと言える。しかし王佐が変わったのは危機を救われしかも自分にとっての利益が結果として得られたからだ。つまり「実際の行動・目に見える利益」によって変わったと言える。

インテリ階級である袁文才が「言葉」によって、そして農民階級(に近い)王佐が「目に見える利益」によって変わったことは興味深い。

Cap127_2

毛の訪問に銃を取り出す王佐(のある意味正しい行動)を止める袁



 考えてみれば、共産党が革命期に行った「地主を打倒して土地を分配する」、そして抗日戦争期に(国民党への配慮から急進的な政策は抑えて)「貧農・小作農が不当に負わされている借金を軽減する」政策は、中農以下の農民にとってこの上ない利益、しかもはっきりと「目に見える利益」である。

(しかしそれは逆に言えば、共産党が農民階級の支持を受け続けるためには、定期的に「目に見える利益」を提供し続けなければならないと言うことになる。地主を倒して、しかもまだ革命は勝利せず農民階級に革命戦争の負担に見合う「目に見える利益」を与え続けるにはどうしたらいいか? そこで「富農」の打倒とかが出てきたのかもしれない)

と、王佐と袁文才の違いを見て、ついつい「農民の共産党支持」の一つの側面を考えてしまったが・・・・・・まあ戯言です。


 王佐を農民階級に擬したけど、彼は実際には一般農民ではなく、緑林の英雄であるので行動原理は「目に見える利益」だけではなく、「義と侠」によっても動く。一度、毛を仲間と認めれば利益などなくても共にあるだろう。袁文才は身も心も毛に心酔しきっているが、王佐が毛に抱くのは「好意」であり、尊敬すると言ってもせいぜい兄貴分程度のようだ。

毛沢東も袁文才と王佐への接し方の違いをよく理解している。

何長工「王佐の部隊の中には少なからず、ごろつきのような連中がいます。彼らは酒も賭博もやりますし、アヘンを吸う者までいるのですよ。正規軍化するのは困難だと思います。それに、王佐は袁文才とは違います。党員でもないただの山賊で疑い深い奴です。私が彼らのところに一人で乗り込んで任務が成功するでしょうか?」

毛沢東「困難は承知の上だ。だからこそ君に頼むのだ」

言ったのは何長工だが、毛も特にフォローしていないから同じ考えなのだろう。と同時に袁文才のことを扱いやすいとか思っているらしい。・・・・・・つくづく袁が可哀想になってきた。(繰り返すが、毛沢東が農民階級・王佐を警戒し、インテリ階級・袁をなめている構図になっていておもしろい)

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