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2010年4月

2010年4月19日 (月)

中国で一番サービスがいいのは図書館?

 私が中国ドラマ・映画を仕入れる場所は、音像ショップと呼ばれる(DVDや音楽CD)を扱う店か大型書店です。その他にもう一つ重要な場所が

公共図書館。

 図書館中毒の私は、新しい場所に住むことになったら、まず何はおいても図書館に登録に行きます。それは中国でも同じ。

 中国で留学のため大学に入学手続きをする際も、入学手続きの方法を確認した後、重要な質問を。

「留学生も大学の図書館を利用できますか? 本を借りれますか?」

 答えはイエスだったので、ほくほくした気分で帰ろうとし、あることに気づいて慌てて戻り「すいません、留学生寮への入寮手続きの方法を教えてください」

 ・・・・・・いや、我ながら図書館を利用できるかより住むところを心配しろよ、って話です(おまえは図書館に住むつもりか?)。

中国の図書館とDVD

 で、話を中国の公共図書館に戻しますが、中国の公共図書館は大きなところであれば「音像資料」つまりドラマや映画のDVD、音楽CDの貸し出しが充実しています。その映画やドラマの内容も、日本の公共図書館のように(←少なくとも私の住んでいた所のはどこもそうだった)いわゆる古典名作モノや教育的内容のものばかりではなく、娯楽性の高いTVドラマなども充実しているのです。

 しかも、以前、少し前のドラマは手に入りにくいと書きましたが、この公共図書館には数年前のドラマもちゃんと所蔵されています。しかもそのへんの路上で売られているような見捨て専用の映像が荒いDVD(・・・たぶんコピー)ではなく、わりと高価な保存版なのです。

 しかも借りて見れば、タイトルやあらすじからだけで内容を想像して金を出して買ったものがハズレな内容でがっかりした、というようなこともないですし、なんとなく気になるテーマだけどおもしろいかどうかわからない作品を試しに見てみる、ということも気軽にできます。

 というわけで、公共図書館のDVDは大変重宝させてもらっているのですが、実は思わぬ・・・・・・いや、当然予想された問題も発生するのです。

公共図書館のDVDに仕組まれた罠(?)

 DVDでドラマ・映画を見ていたら、突然、映像が止まる。後はまったく動かなくなる。なんか再生機の中からはキコキコという奇妙な音も聞こえている・・・・・・。

 この突然映像が動かなくなるという事態は、けっこうな確率で発生します。

 私はDVDのしくみに詳しくはありませんが、多くの人が借りて再生しているうちに、再生に必要な何かが傷ついてしまったのではないかと思われます。こうなるともうそれ以上見ることはできません(涙)

 これがストーリーの冒頭でそういう事態が発生するなら、それほど時間を浪費せずに、もうその作品は諦めて別の作品に乗り換えられますが・・・・・・私の場合は運が悪いのか、なぜかストーリーが半分以上見終わった後で、DVDが止まるということが多いです・・・・・・。

 特にブログのレビューのためにメモを取りながら、時間をかけて見ていた映画のラスト近くでこれをやられると痛い。

 途中までしか見れない作品をレビューするわけにもいかないので、そのためにかけた時間が無駄になってしまうんですよね・・・・・・。まあ、いっそのこと同じDVDを買ってくればいいのですが・・・・・・なぜかそういう作品に限って「借りて見るのはともかく自分で買うのはちょっと」な作品が多い(笑)

みなさんも公共図書館のDVDを利用する場合は、運を天にまかせて、最後まで見れるように祈りながらご利用ください(笑)

親切な図書館職員

 さて、何かと日本と比べてサービスの質が悪いと言われている中国ですが、思わぬ例外があります。

図書館職員はとても親切!

今まで2つの公共図書館、2つの大学図書館を常時利用していた経験から言いますと、中国で客(利用者)へのサービスの姿勢・態度が一番いいのは、外国人向けの店でももちろん公安でもなく、(公共・大学問わず)図書館職員ではないかとさえ思うのです。(まあ、違う体験をされた方もいるでしょうし、中には態度の悪い職員もいますが)

 

・・・・・・まあ、私限定の話で言えば、親切すぎて困ったこともありますが。

ある公共図書館で、親切な図書館員さんたちは、いまいち中国を理解していない私に辛抱強く登録の仕方を教えてくれました。登録にはパスポートが必要なので、私が日本人であることも向こうに知られました。

さて、無事に登録を終え、さあ、これから見たかったあの映画やあの映画を借りるぞ! と棚に向かおうとすると、職員さんが声をかけてきて・・・・・・どうやら説明をしてくれるようなのです。

職員さん「このへんがドラマ、こっちが国内映画。で、あっちに外国映画が・・・・・・。あとこういう子供向けの作品は中国語の勉強になるんじゃないかな? 韓国のドラマもあるよ、日本人は好きなんでしょ?」

私「・・・・・・・・・・・・は、はあ」

職員さん「『海角七号』って見た? あれはおもしろいよ」

私「い、いえ。まだですが・・・・・・」

 ・・・・・・職員さんのご好意はたいへん嬉しいのですが、私は始終冷や汗を流していました。

 その日、<まだ中国での勝手がわからない日本人女性>である私が借りようとしていた作品は、例えば・・・・・・

・『平原遊撃隊』(←抗日戦争映画の古典的名作)

・『抗日鉄道遊撃隊』(←一目で内容ばれるタイトル)

・『大決戦』(←抗日モノじゃないけど、重厚な革命戦争もの)

いったい私はどんな顔をして、不案内な日本人女性に明るくポップな恋愛ドラマなどを勧めてくる職員さんのいるカウンターに、こんな作品群を持っていけたでしょう・・・・・・。

私はその日の予定を放棄して、私の興味の範囲以内だけど、マニアックすぎずなるべく無難に思えもちろん抗日モノではない作品を選ぶのにかなりの時間を費やしました。

その結果、やっと、これなら『無難』だろうと思える作品を持ってカウンターへ。そこで職員さんが一言。

「へえ、こんなのも見るんだ?」

 ・・・・・・・・・・・・私の『無難』はまだ『無難』ではなかったらしい。

 ごめんよ、職員さん。いろいろ親切にしてくれたのは本当にとても嬉しかったけど、私みたいな変な趣味の利用者はなるべくそっとしてくれて、印象にもあまり残してくれないでいるともっと嬉しいんだよ・・・・・・。

 ちなみに上のラインナップは、この日の職員さんとは別の職員さんの時に借りました。

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2010年4月15日 (木)

『井崗山』7話~11話

7話~11話 あらすじ

 井崗山の住民に歓迎される紅軍。袁文才毛沢東のために家を用意するが、毛は井崗山に行くことに反対し続けている余洒度に譲り、賀子珍の用意した八角堂に住む。毛は余と話し合うが、二人の溝は埋まらない。一方、流浪を続ける朱徳の南昌起義部隊は、元戦友で蒋介石に思うところのある国民党の将軍の范石生の元へ身を寄せる。

 袁文才は未だに毛沢東に会おうとしない王佐に面会を勧めるが、王佐は毛を警戒して会おうとしない。紅軍は勢力を拡大するため、茶陵に向かって進軍する。しかしその途上で、毛のやり方についていけない余洒度は、党中央の元へ去ってしまう。一方、周恩来ら党中央の元にもコミンテルンから毛のやり方を認められないとの通告が来ていた。

 入党したい兵士たちに入党宣誓をさせながら進軍する紅軍。しかし王佐が、宿敵・伊整壁の軍団に包囲され危機に陥っていると聞き、紅軍は彼を救いに急行する。危機を救われた王佐は感謝するが、紅軍は疲弊し軍紀が緩む。毛沢東は「買い物は公平に」など人民の軍隊としてふさわしい三大規律を定める。朱徳の元から派遣された毛沢譚は兄の居場所を突き止め、兄弟は再会を喜ぶ。

Cap123_2

毛沢東が二人!(ではありません)

 毛は王佐とともに井崗山で闘う方法を話し合う。一方、毛に派遣された何長工は朱徳の居場所を突き止めるが、范石生が朱徳とその部隊を匿っていることが蒋介石にばれてしまう。蒋は范に朱徳の逮捕を命じるが、范は彼らを逃がしてしまう。蒋介石は怒り狂うが、強く出れば范石生の軍の反乱をまねくためどうしようもない。

 朱徳の部隊は、士官の胡少敏宜章という街の名家の出身であることを利用し、警備を騙して入城し、宜章を占拠する。一方、毛沢東の部隊も茶陵の攻略に成功する。毛は帰ってきた何長工に王佐の部隊を訓練する任務を与えるが、何は王佐は袁文才と違って扱いにくいと懸念する。それでも紅軍の協力でついに伊整壁を倒した王佐は紅軍に感謝する。

Cap12_3

警備兵を騙して城内に入る紅軍




感想(あるいは毛沢東と知識人・農民の関係についてつらつらと)


 ・・・・・・内容が無いよう・・・・・・


 思わず、死語を言ってしまいたくもなるほど、つまらなさの限界に挑戦しようとしているかのようなドラマである。

 もう見るのはやめてレビューもなかったことにしたくなるが、それでも私が見続け、また見て良かったと思う見所が、前回も書いたように「袁文才」の人物造形だ。

 はっきり言って彼一人を見るためだけに、このドラマは見る価値があるとも言っていい。・・・・・・まあ、100人中105人は、袁文才一人のためにこのドラマ36話を見ようとは思わないだろうが・・・・・・


 
6話のラストで毛沢東と会談し、己を評価されて以来、袁文才は坂を転げ落ちるような勢いで毛に心酔していく。それまで毛を警戒し、紅軍が井崗山に来るのを阻止しようとしていたのが嘘のようだ。

それどころか今やその表情からも雰囲気からも、以前にはあった「毒気」がすっかり抜けてしまっている。本来の彼に戻っただけなのかもしれないが。

Cap124_2

5話の袁文才

Cap128_2

10話。変われば変わるもの・・・


 今までは気概ある独立独歩の義侠の徒であり、あるいは井崗山の首領として曲がりなりにも一国一城の主であったのに、(言っては悪いが)今はほとんど毛の精神的下僕のようにさえ見える。

そもそもこのドラマ自体が、紅軍兵士や若手幹部たちに毛沢東がいかに慕われ、崇拝されていたかを描くのが目的の一つらしいが、袁文才のそれは、他とは一線を画しているように思える。彼の「毛沢東崇拝」には、何か人間の弱さ悲しさを見るような思いだ。ともかくただ毛の側にいられるのが嬉しくてしかたないらしい彼の一点の曇りもない笑顔が、むしろ哀しく見える(それは、私が彼の運命を知っているから、というのもあるが)。

監督の指示か袁文才役の役者さんの役作りの一貫なのかわからないが(でも後者のような気がする)、うまいなぁ、と思ったのが(すでに心酔モードに入っている)袁が毛沢東に合う前に、さりげなく身だしなみを整える場面だ。着ているのは山賊的な粗末な服なのだが、毛のいる戸を開ける前に襟元と袖を正す。まるで片思いの好きな人に会う少女のようである(←冗談ではなく)。そのささいな動作で、毛の前でぶざまなところは見せられないという袁の感情が理解できる。



 袁文才はなぜこんなに毛沢東に心酔してしまったのか? 

 そのポイントは、袁文才が「挫折した知識人」であるというのが重要だと思う(彼はかつて教師=当時は充分インテリ階級、を志して果たせなかったと言っていた)。ドラマはドラマであり、リアル歴史とあり程度以上に交差させるのは控えるべきだが(そもそも実際の袁文才がこういう人物だったかどうかも不明だし)、それでもこの点を深く考えると「毛沢東と知識人」についておもしろいことが見えてきそうなので、もう少しドラマが進んでから改めて考察したい。



さて、そんな袁文才と違うのが、彼の義兄弟で同じく井崗山の首領である王佐だ。彼は単純粗野で無教養だが義侠心には富んでいるという山賊らしい(?)山賊。当時、多くの中国の農民がそうであったように文字も読めない。

毛沢東は農民階級の支持を受けていたが、そうであれば、インテリである袁よりも農民に近い位置にいる王佐の方が毛を慕ってもおかしくない。しかし、かえって王佐は毛を警戒し会おうともしないのだ。

王佐「ええっと、こういう時はなんと言ったけ?」

部下「『旨そうな餌で魚を釣る』ですよ」

王佐「そう! それだ! ……俺はこれが毛沢東の餌なんじゃないかと心配なんだ」

袁文才「ははっ、俺と言う魚を釣るためなら、ずいぶんと立派すぎる餌だな。……南闘(王佐の字)、おまえは毛沢東という人に会ったことがないだろ? あの人は大きなことをやる人だよ。あの人に会って、俺は自分達がなんて器の小さな人間だったかを気付いた」

王佐「……選三(袁文才の字)大哥。俺達が義兄弟になってから今までずっと、俺はあんたのやることに文句があったことはない。だけど今回のことは、よく考えてくれよ。俺たちが井崗山を手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってんだよ」

袁文才「……南闘。俺はおまえをぜひ毛沢東のところに連れていきたいんだ。俺たち三人でいろいろ話し合おう」

そんな王佐も後に毛に好意を寄せ、自分の山賊部隊を改変するため紅軍の指導を受け入れる。王佐が態度を改めたのは、宿敵・伊整壁軍団に奇襲され危機に陥ったところを紅軍に救われ、しかも伊軍団を滅ぼす力を貸してくれたためだ。

一方、袁文才が態度を改めたのは、まず紅軍から大量の銃を贈られたことがきっかけとしてあったが、毛を崇拝しはじめたのは、彼と話し合ったからだ。つまり、「言葉」によって変わったと言える。しかし王佐が変わったのは危機を救われしかも自分にとっての利益が結果として得られたからだ。つまり「実際の行動・目に見える利益」によって変わったと言える。

インテリ階級である袁文才が「言葉」によって、そして農民階級(に近い)王佐が「目に見える利益」によって変わったことは興味深い。

Cap127_2

毛の訪問に銃を取り出す王佐(のある意味正しい行動)を止める袁



 考えてみれば、共産党が革命期に行った「地主を打倒して土地を分配する」、そして抗日戦争期に(国民党への配慮から急進的な政策は抑えて)「貧農・小作農が不当に負わされている借金を軽減する」政策は、中農以下の農民にとってこの上ない利益、しかもはっきりと「目に見える利益」である。

(しかしそれは逆に言えば、共産党が農民階級の支持を受け続けるためには、定期的に「目に見える利益」を提供し続けなければならないと言うことになる。地主を倒して、しかもまだ革命は勝利せず農民階級に革命戦争の負担に見合う「目に見える利益」を与え続けるにはどうしたらいいか? そこで「富農」の打倒とかが出てきたのかもしれない)

と、王佐と袁文才の違いを見て、ついつい「農民の共産党支持」の一つの側面を考えてしまったが・・・・・・まあ戯言です。


 王佐を農民階級に擬したけど、彼は実際には一般農民ではなく、緑林の英雄であるので行動原理は「目に見える利益」だけではなく、「義と侠」によっても動く。一度、毛を仲間と認めれば利益などなくても共にあるだろう。袁文才は身も心も毛に心酔しきっているが、王佐が毛に抱くのは「好意」であり、尊敬すると言ってもせいぜい兄貴分程度のようだ。

毛沢東も袁文才と王佐への接し方の違いをよく理解している。

何長工「王佐の部隊の中には少なからず、ごろつきのような連中がいます。彼らは酒も賭博もやりますし、アヘンを吸う者までいるのですよ。正規軍化するのは困難だと思います。それに、王佐は袁文才とは違います。党員でもないただの山賊で疑い深い奴です。私が彼らのところに一人で乗り込んで任務が成功するでしょうか?」

毛沢東「困難は承知の上だ。だからこそ君に頼むのだ」

言ったのは何長工だが、毛も特にフォローしていないから同じ考えなのだろう。と同時に袁文才のことを扱いやすいとか思っているらしい。・・・・・・つくづく袁が可哀想になってきた。(繰り返すが、毛沢東が農民階級・王佐を警戒し、インテリ階級・袁をなめている構図になっていておもしろい)

2010年4月 7日 (水)

『西安事変』9話~10話

第9話~10話あらすじ



 県知事・党伯弧汪峰が投げつけていった帽子の中から、毛沢東楊虎城に宛てた密書を見つけ驚愕する。党伯弧は楊虎城に電話するが、戴笠と会談中であった楊は戴が聞いている場で指示が出せず電話を切ってしまう。事情を知らない党伯弧は何度も電話をかけてしまい、戴笠は不審に思う。

Cap163

ものすごい悪いタイミングでかかってくる電話(左が戴笠)


 汪峰はすでに憲兵隊の金徳茎によって車で西安に護送中であった。党伯弧は汪峰を強奪しようとするが、中央の憲兵隊の車を西北軍が襲うことはいくらなんでもまずい。その時、保安団の一人が「馬上飛、あの土匪に協力を頼みましょう」と提案する。・・・・・・それからしばらくして、山道を進む金徳茎ら憲兵隊の車は馬に乗った土匪の集団に襲われる。

Cap164

土匪集団に襲われる憲兵隊の車


 楊虎城は腹心の部下・斌丞に、もし汪峰が共産党の使者であれば彼らの提案に耳を傾ける用意があることを話す。ただし当分張学良にはこのことを秘密にしておく。一方、張学良の元にも杜遠重の紹介で劉鼎という共産党員が派遣される。劉鼎の主張にとりあえず賛同した張学良は彼を客人として迎える。

張学良は腹心の部下に、かつて軍閥同士が争っていた時代に民衆の苦しみを見ていかに自分が内戦を憎んでいるかを語り、劉鼎を紹介する。一方、汪峰と会談した楊虎城は共産党の内戦停止と西北抗日連合政府案に賛成する。

鐘本鶴は、凍結した湖でスケートをする趙文青を見かけ、氷の上でささやかな楽しい一時を過ごす。

1936年2月、共産党は、抗日のため山西省に進軍する。陝北の留守番組である周恩来は、東北軍の捕虜のリーダーである高福原と語り合い、なぜ東北の日本軍と戦わずここで紅軍と戦うのかと詰問する。高福原は周恩来の主張を正しいと認めながら、自分は東北軍として生き東北軍として死にたいと紅軍への加入は拒む。しかし、自分を帰してくれれば内戦を停止するよう張学良を説得すると言う。

 蒋介石の元には、紅軍が怒涛の勢いで進軍してきているという山西からの電報が次々と届く。政府首脳の中には、山西の閻錫山はふだん山西のことに口を出すなと言っていたのだから放っておけと皮肉る者もいるが、蒋介石は中央の軍を山西に派遣することを決める。

 ソ連と国交回復の秘密交渉中であった陳立夫は、もし日中が開戦する時はソ連は国民政府を支持し中共を支援しないというソ連要人の非公式の話を伝える。一方、戴笠は張学良の身辺に共産党員がいるようだと報告するが、蒋介石は信じない。

Cap169

お互いの腹をさぐりあう張学良と楊虎城


 一方、山西省に閻錫山を訪ねた張学良と楊虎城は、なぜ紅軍の主力が山西に進軍し陝北を手薄にしている時に彼らを攻めないのかとお互いに聞きあい、相手も共産党と接触があるのかどうかさぐりあう。そこに閻錫山も加わり、さらに話は深まるが、まだ誰も核心には触れようとしない・・・・・・。




感想



 汪峰が投げつけていった帽子から毛沢東の密書を発見する党伯弧。汪峰は、連行される直前、怒りにまかせて帽子を投げつけるという自然な動作を装って一番大事な密書だけは守ったのだ。自分が捕まっても党伯弧が、楊虎城に渡してくれることに望みを託して。

Cap162

手紙の差出人に驚愕する党伯弧


 ドタンバでなかなかの機転と言えよう(しかしこんな機転がきくなら、最初から高価な万年筆を所持しているなんてアホなミスを犯すなよ・・・・・・)。憲兵隊長の金徳茎もせめてもう少し特務として頭が回るなら、帽子もちゃんと回収していただろうが・・・・・・。




ピックアップ場面


 さて、密書は守られたものの、事情を知った楊虎城にとって、汪峰の身柄が憲兵隊から復興社に渡ってしまうのも大問題だ。しかし、すでに憲兵隊が護送中の汪をどうやって取り戻すか? 保安団の一人が思いついた考えが実におもしろい。

党伯弧「どんな手段を用いても汪峰を取り返せ! 憲兵隊を襲ってもかまわない!

保安団1「襲う? 中央の憲兵隊の車を? そんなことをしたらそれこそまずいですよ

党伯弧「・・・じゃあどうしろというんだ」

保安団2「県長! 覚えていますか? ずっとあなたを悩ませてきたあの馬上飛を?」

党伯弧「馬上飛?」

保安団1「あの土匪の馬上飛ですよ!

党伯弧「・・・ああ」


 中央の憲兵隊の車を西北軍が襲うなんてやばすぎる→なので、土匪に協力を頼んでみた。

 というなんともフリーダムで豪快な解決法。いっそ爽快とも言える名場面だ。

Cap165

土匪のやったことですから私ら関係ありませんby西北軍


 ・・・・・・ところで、この時憲兵隊を襲った「馬上飛」軍団のメンバーは全員覆面をしていて顔がわからないが、一人明らかに女性の声が聞こえる。女土匪がメンバーにいるのか? どうやらそんなおいしい設定を持っているらしいこの「馬上飛」軍団も今後もドラマに絡んでくる気配が濃厚である。(・・・・・・まさか今後、彼らに救われた共産党員の汪峰がこの「女土匪」と恋に落ちるなんてベタだけどそれゆえにおもしろい展開があったりするのだろうか?)

 どうやらこのドラマは、<西安事変>をネタに可能なかぎり風呂敷を広げるつもりらしい。



 続いてのピックアップ場面。


 陝北から黄河を越えて山西省に進軍した紅軍。これは歴史的には『東征』というやつで、最終的には失敗するのだが、一時は怒涛の勢いで山西省の三分の一を占領した。十話のラストで張学良と楊虎城が「どうして東北軍(西北軍)は手薄になった共産党の根拠地を攻撃しないのか」と腹のさぐりあいをやっていたが・・・・・・確かにこの時期に紅軍が本拠地の守りを完全に手薄にして山西に進軍できたのは、東北&西北軍と事実上停戦協定が結ばれていた、と考えるべきだよね。・・・・・・私も今さら気づいた(笑)


 で、蒋介石の元には、山西から次々と「急電」が届くのだが、この時の様子が紅軍の戦闘の場面を直接的に描くより、よっぽど「紅軍の怒涛の進撃」をうまく表現していると思う。(いろんな地名が出てきてわかりにくいが、黄河を越えたら山西省、とだけ理解していただければ。あと、彭→彭徳懐,林→林彪)

蒋介石(秘書に)「読み上げなさい」

秘書「はい。・・・『急電。蒋委員長。昨夜、紅軍が突然三交鎮を攻撃しました。ただ深夜のことで天候も悪かったため敵軍の数は不明です。すでにいくつかの地点から黄河を越えようとしています。我が方は防衛体勢を整えました。指示をお願いします。中陽県守備旅団旅団長 温玉如』

『急電。蒋委員長。紅軍はすでに4千人から5千人が黄河を越えました。輸次に集結していますが、その意図は不明です。中央からの指示をいただきたい。 綏遠 傅作義』

『急電。蒋委員長。綏署主任秘書、梁化之より報告いたします。敵の渡河地点が判明しました。北は三交、南は辛関一帯で、徐海東の部隊と毛沢東の部隊の一部から成り、その数は7千人から8千人にのぼります。すでに柳林,中陽,石楼にまで進入しました』

『急電。蒋委員長。毛,彭,林などの部隊はすべて黄河を渡り終えました。我々はどのような対処をすればよいか、指示を請います。高桂磁』

『前線より急電。敵は徐海東の全部隊、および毛,彭,林の部隊の大部分および劉志丹の部隊です。約1万5千の敵が、黄河を渡り終わり山西に向けて・・・・・・』

蒋介石「もういい」

Cap168


 文字でこう書いてもいまいちわからないと思うが、電報を読み上げているのは戦場からはるか遠い蒋介石の南京の自宅であるのに、この場面にはとんでもない緊迫感が漂っている。

 もちろんこれらの電報はいっぺんに来たわけではなく、蒋介石が集まった政府高官に情況を説明するため読み上げさせているのだが、こう一気に畳み込むように読むのは「紅軍の怒涛の進撃」を演出する上で非常に効果的だと思う。しかも集まって黙って聞いている高官たちの顔色がどんどん悪くなっていく様子も場を盛り上げる(もちろん彼ら自身の気分は盛り下がっているのだが)のに役立っている。(まるで格闘漫画の観客役のようなポジションだ)

 この場面といい憲兵隊を土匪に襲わせるシーンといい、この監督は本当に「よくわからないけどついワクワクしてくる」場面を作るのがうまいと思う。




※歴史解説

・閻錫山の山西モンロー主義:

 閻錫山は山西省の軍閥。彼の軍隊は晋綏軍などと呼ばれる。北伐により中華民国が蒋介石の政府の下に統一されてからは、表向き閻錫山は国民政府の高官、晋綏軍も政府軍の一部になった。しかし閻もその軍勢も中央の政策とは一定の距離を保ち、特に山西省の経済建設においては独自の計画を実行していた。中華民国の地方軍(蒋介石の直系以外の軍)は一般的に独立性が高いが、閻錫山はその代表格と言えよう。この閻錫山の「山西モンロー主義」は、抗日民族統一戦線の結成と抗日戦初期の戦いに重要な作用をもたらした。

 ドラマ中でも「中央とも共産党とも距離をとっていたかった」と言って紅軍の進攻や政府軍の進駐を歎く場面や中央政府高官が「いつも山西のことは山西にまかせろと言っているくせに」と皮肉る場面がある。

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